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がよくわかるものです。人間のポーズでも普通に描くと左右対称のキチンとした形になります。
人間のこうした志向はきっと心の中で安定とか重厚さといった要素を願っているからだと思い
ます。この反対の考え方もあります。特に日本人の美意識の中にはシンメトリー(整合、左右
対称)にしないことで美を表現する感覚(盆栽や庭園、女性の晴れ着などに良く見られるテザ
インがその典型ですが…)がありますが、これは明らかに「自然」の反映です。自然にはシン
メトリーなものはないのです。私はどちらかというとこちらの方が好きで、アニメーションで
もそうした感じが出せないものかと漠然と考えていたこともあって、構図やキャラクターのポ
ーズがシンメトリーにならないように心がけていたのです。不二子の顔を見て下さい。よくみ
ると左目がやや外側に寄っています。まともに描いたのではどうも面白くない。しかしこうし
てみると案外魅力的だ… などと思っていたわけです。その昔「風のフジ丸」というテレビシリ
ーズの原画を描いた時、主人公のキャラクターがいつも格好よく納まっているのに抵抗があっ
て、構えて立っている時でも決して両足に体重を乗せないし、肩もどちらかが下がっていて、
何となくリラックスしたポーズにしていました。作画監督の楠部さんという人は反対にこれが
大嫌いで、わざわざシンメトリーでキチンとしたポーズに描き直していましたが(私はそれが
動画に渡ってからこっそり元に戻していました)長編では特に自分が担当したシーンではそう
いった要素をふんだんに入れていました。
テレビになってからは「旧ルパン」に出てくるキャラクターたちの性格はそうした私のテー
マにぴったりのように思えました。アニメーター諸君にはまともなポーズは描かないように、
どことなく不真面目なリラックスした姿勢、どちらかというとお行儀の悪いポーズを描いても
らいたいという注文をしたり、作監チェックもその方針で望みました。そうすることで当時演
出の大隅さんと二人で表現しようとしたアンニュイ(倦怠感)が出せると考えたのです。
「旧ルパン」も後半になるとアナーキーな大隅さんと反対に真面目な高畑、宮崎さんが演出
を担当することになってルパンたちは普通のアニメのキャラクター(子供たちに対する善意)
が強くなっていったのは御存じの通りです。しかしルパンたちのポーズの崩れには当初の雰囲
気が残って、結果として「旧ルパン」全体にキャラクターの個性が出たのではないかと思って
います。
けれどもポーズや自然現象の形の配分にはそうしたインシンメトリーの考え方がうまく作用
しますがキャラクターの顔に関してはデッサンの狂いは狂いで、時間がたってみるとやっぱり
気になって直したくなるらしく、私はいま「旧ルパン」の顔をみると少し直したくなる気分で
す。今だったらもう少しまともに描いたかなあ …… と思っているわけです。多分齢をとって
考え方が変わったのでしょう。
演出の三木さんはまともに描いた私の絵と「旧ルパン」とを見比べてこの点を発見したらし

「片一方の眉毛だけ一寸下がっているでしょう。これも、これも! ねっ! これなんか眼のサイ
ズがわざと変えてあるみたいですよ。」
などと絵を崩すことを盛んに指示していました。鋭い人です。私は何だか作画の秘密を盗ま
れたような変な気分でしたが ……。
以上は一寸とした余談でした。


(九五年発行「テレコム・シークレット情報
/第三十三号」掲載)