第6章 ヨーロッパ世界の形成と発展
3 西ヨーロッパ中世世界の変容(後)
Text p.150
(1)イギリス
1066年成立のノルマン朝は、はじめから王権が強かった。
フランスの有力諸侯a
アンジュー伯 (プランタジネット家)のb
ヘンリ2世 が即位。
→ イギリス王でありながら、フランス国内にノルマンディー、アキテーヌなどの領土をもつ。
= イギリス王としてはフランス王と対等だが、形式的にはその臣下である、という状態になる。
▼
・国王a
ジョン の時、フランス王フィリップ2世と争いフランスの領土を失う。
さらに、b
カンタベリー大司教 の任命をめぐり
教皇c
インノケンティウス3世 と争い破門され、その臣下となる。
・1215年 王が財政難から貴族に対し重税を課税。→ 貴族が一致して反抗、
国王ジョン d
大憲章(マグナ=カルタ)を発布。
内容=e
国王の徴税権の制限、教会の自由、都市の自由、不当な逮捕の禁止など
→ 貴族の従来の特権を王が認め、王権を制限した。
→ f
イギリス立憲政治の基礎 とされる。
▼
Text p.151
貴族、聖職者、各州代表の騎士、都市の代表を召集。=c
身分制議会 の最初。
・1295年 d
模範議会 エドワード1世のとき開かれた模範的議会。
高位聖職者・大貴族の他に各州2名の騎士と、各都市2名の市民代表が出席。
▼
D
議会制度の定着 14世紀 エドワード3世のとき、二院制となる。
・a
上院 :貴族、聖職者の代表 ・b
下院 :各州と都市の代表
議会の権限:c
法律の制定・新税の課税についての下院の承認 など。
・d
ジェントリー の成長:かつての騎士階級が土着し、小地主として州の代表となる。
(2)フランス
a
カペー朝 の王権は弱く、各地に封建諸侯が分立し力を持っていた。
A
フィリップ2世 (尊厳王) 12世紀末 都市と結び諸侯を押え王権を次第に伸張させる。
→ イギリス王b
ジョン王 から、フランス国内のイギリス領の大半を奪う。
1214年
ブーヴィーヌの戦いで、神聖ローマ帝国・イギリス王国などの連合軍を破る。
→ フランス王権確立の第一歩となる。
▼
B
ルイ9世 (聖王) 13世紀 第6、第7回十字軍、アルビジョワ十字軍を起こす。
南フランスの異端派キリスト教 a
アルビジョワ派(カタリ派)に対する弾圧終わる。
→ フランスの王権、南フランスに及び、国内の統一進む。
▼
C
フィリップ4世 (端麗王) 14世紀初め、フランスの国家統一を達成、絶対王政を準備。
▼
イギリスとフランスの王権強化が進み、互いに対立するようになる。
Text p.152

A
英仏の対立 イギリス・フランス両国で100年以上にわたり継続した戦争。
・原因 フランス、毛織物工業のa
フランドル地方 の支配をねらう。
→ イギリス 自国の羊毛の輸出先であるので、阻止を図る。
他にぶどう酒の産地b
ギエンヌ地方 をめぐっても両国は対立。
c
王位継承 問題=仏のカペー朝断絶、フィリップ6世がd
ヴァロワ朝 を創始。
→ イギリスのe
エドワード3世 、フランスの王位継承権を主張。
▼
※英が仏に挑戦状を出したのは1337年、英軍上陸が38年、開戦が39年。
イギリスのc
エドワード黒太子 の指揮する長弓隊が活躍、フランス北西部を奪う。
戦争の前半 イギリス軍が優位に進める。すべてフランス国内が戦場となる。
▼
・フランスは国内でa
黒死病 が流行、さらに
1358年 b
ジャックリーの乱起こる。(前出)
・イギリスでは、1381年 c
ワット=タイラーの乱 起こる。
・フランスの内乱
ブルゴーニュ公がイギリスと結び、オルレアン=アルマニャック派と対立。
→ 内乱に乗じてイギリスのランカスター家のヘンリ5世が侵入、アザンクールの戦いで大勝。
・1428年 d
ジャンヌ=ダルク が登場、オルレアンの包囲を解き、シャルル7世を救う。
→ 1429年 シャルル7世、ランス大聖堂で即位式を行う。
1430年、イギリス軍にとらえられ、魔女としてルーアンで火刑となる。
▼
1453年 戦争終結 フランスの勝利。イギリス、フランス内の領地を
カレーを除き失う。
Text p.153
▼
E
バラ戦争 1455〜85年 百年戦争後のイギリス王位継承をめぐる内戦。
▼
ヨーロッパの絶対王政の時代へ
★研究:百年戦争中に起こった英仏以外のヨーロッパとその周辺の動きで重要なことをあげよ。
1.イタリアでの動き:a 14世紀 イタリアでルネサンスが始まる。
2.ドイツでの動き:b 金印勅書と、領邦化の進行。
3.カトリック教会の動き:c 大シスマと、教会批判の始まり(フス戦争)。
4.東ヨーロッパの動き:d ビザンツ帝国の衰退と滅亡(1453年)。

Aの意味:b
キリスト教徒による、イスラーム教勢力からの国土回復を目指す運動。
・12世紀 キリスト教勢力、半島の北半分を支配。
c
カスティリャ ・d
アラゴン ・e
ポルトガル の三国が成立。
→12〜13世紀、カスティリャのトレドでイスラーム文献のラテン語訳が行われる。(後出)
▼
Text p.154
・1479年 カスティリャのa
イサベル女王 と、アラゴンのb
フェルナンド王 が結婚。
→ スペイン王国の成立。都市と結んで封建貴族を抑える。
・c
1492 年 イスラム最後の拠点d
グラナダ を占領。
この年、コロンブスの西インド到達。海外発展を開始。(後述)
▼
12世紀、カスティリャから独立
15世紀後半a
ジョアン2世 諸侯を抑え、海外発展の基礎を築く。
▼
16世紀 ポルトガル・スペイン全盛期

(1)ドイツ(神聖ローマ帝国)
・ドイツ王は神聖ローマ皇帝を兼ねることが多く、歴代ともアルプスを越えてイタリア経営に力を注ぐ。
→ 本国ドイツでは皇帝の支配力は弱く、諸侯が自立。
・a
シュタウフェン朝 (ホーエンシュタウフェン朝)
▲b
フリードリヒ1世 (赤髭王)ロンバルディア同盟軍と戦う。第3回十字軍で小アジアで溺死。
▲c
フリードリヒ2世 (1220〜1250)両シチリア王・ドイツ王となる。ほとんどシチリアに滞在。
ローマ教皇(
インノケンティウス4世ら)と対立。都パレルモに宮廷文化栄え、ナポリ大学を創建。
▼
1256年 シュタウフェン朝断絶後、1273年まで皇帝不在となる。
→ 外国の干渉、大諸侯の対立、自治都市の成長があって皇帝の勢力はふるわず。
▼
皇帝の選出権を7人の聖俗の諸侯に認める。= b
七選帝侯
= マインツ、トリール、ケルン・ベーメン、ブランデンブルク、ザクセン、ファルツ
▼
Text p.155
b
オーストリア 全域を支配。c
ウィーン が拠点。
15世紀後半以降 神聖ローマ帝国皇帝(ドイツ皇帝)の位を独占するようになる。
▼
E
領邦の分立 帝国の分裂状態続く。
大小の諸侯と自由都市などの約300のa
領邦 (地方主権)に分立。
★ドイツ周辺の動き
a
東方植民 十字軍運動衰退後の12〜15世紀 ドイツ人は盛んに東方に進出、
→ エルベ川以東のb
スラブ人 ・マジャール人の居住地区に諸侯国を建設。
・c
ブランデンブルク辺境伯 領:12世紀に成立。後にホーエンツォレルン家領となる。
・d
ドイツ騎士団 領:もと宗教騎士団。13世紀にバルト海沿岸に進出。後のプロイセン。
エルベ川以東では15世紀以降も領主権と農奴制が強化される。
(2)スイス
a
スイス の独立 13世紀以来、オーストリア(b
ハプスブルク家 )から独立運動。
1316年 3州の自治権認められ共和政実施。1499年 ハプスブルク軍を破る。
→ 1648年 三十年戦争後のウェストファリア条約で独立承認される。(後述)
(3)イタリア
A
ノルマン朝 1130年 ノルマン人ルッジェーロ2世がイスラーム勢力を抑え、
シチリアとナポリ地域を支配。→キリスト教とイスラームが併存する独自の文化。
▼
▲a
フリードリヒ2世 中央集権的な官僚制を整備。首都▲b
パレルモ の繁栄。
→ イタリア統一をめざし、ローマ教皇・ロンバルディア同盟などと激しく争う。
▼
1282年 シチリアの反フランス暴動▲a
シチリアの晩祷 事件起きる。
→ スペインのアラゴン家が介入、シチリアを支配。
▼
(4)北欧諸国
