2016年12月
12月1日
01:08
朝、ご飯を作っているうちに、もっと強力な高周波発生装置を買わなくちゃという思いに駆られ、鍋を火にかけたまま、ネットで『ポータブル・ペストコントロ』を二つ買った。乾電池タイプ。
さっき二階に上がってきた。階段を上がるにつれ、動悸が激しくなり、同時に、聞き耳を立てている。妙な習性。今は、何も聞こえない。
『ねずみ音波防除器』の音も、さほど気にならない。雨戸シャッターも降ろして、ラジオもつけずにいて、あまりにも静かだからだろうか、ずっと聞こえているのが、遠くの夜の音なのか、装置の音なのか、分からない。
見えない相手に幾晩も眠れないでいるから、寝不足と緊張と疲労と興奮が募って、神経が昂りっぱなしだ。
忌避装置にしろ、『ねずみ小僧』にしろ、即効性があるわけではないらしい。アマゾンのレビューを読むと、即座に効いたというのと、全然効かないというのとがある。
忌避装置を仕掛けた一晩だけは、人を嘗めたような夜々とは比べものにならないほど、静かだった。あの日は、もう止んだと思い込むことにして、ジョージ・ハリスンをつけっぱなしで、眠剤で眠り込んだんだった。
昼間、久しぶりに模様替えをした。目的は、一階にある妹の部屋にぶら下がっている服を、ルミナスのロッカーダンスに収納することだったが、その順番は、スライドパズルのように複雑だ。順繰りに思い出す。まず、二階寝室のクローゼットから服をすべて出すことから始めた。
妹が引っ越してきた三年前から、クローゼットに入っているのが私のと妹のとで入り交じっていたので、クローゼットには、私のと、丈の長いのと、喪服だけをかけることにする。
種類分けは後にして、クローゼットにある妹の服は、洗濯物干し部屋と呼んでいる部屋の箪笥に入れることにした。その箪笥の中から、両親の服を整理しようとしたら、さすがに、両親のはほとんどなくなっていた。
母が亡くなって二十三年、祖母が亡くなって十五年、父が亡くなって六年、リフォームして四年、妹が引っ越してきて三年、何度も何度も引っ張り出しては捨てて、それでもなお捨てられずにいたものを、押入れの葛籠や箪笥の抽斗に残していた。
洗濯物干し部屋には、押入れの他に、箪笥が二つあり、その一つには、妹の服が入っていて、もうひとつは、空っぽだった。この部屋は、四十年以上前に子ども部屋として増築され、この半年のうちに洗濯物干し部屋となっていた。梅雨の頃から、洗濯物を畳んで仕舞うのが億劫になり、妹が、部屋に渡した物干し竿にぶら下げたまま、布を被せておいてくれたので、洗濯物干し部屋は、何かがぶら下がっていないことがなくなっていた。
二つの箪笥がそんな具合だと確認してからどうしたんだっけ。
ああ、飛行機の音は聞こえる。一時半。こんな時間に、毎晩、飛んでいる。旅客機ではないだろう。
クローゼットの衣類を、ひとまず外に出して、洗濯物と一緒に干した。余分なスペースがあるとネズミの立てる音が響くので、上の棚にびっしり物を置くつもりで、拭き掃除を始める。吹き抜けの居間から垂直に繋がっている壁と壁の間が、通り道かもしれないし、母が、亡くなる二年前にリフォームした、床の間に作ったクローゼットは、水回りの改修に出費が嵩んだのか、材料も安っぽく、隙間がかなり空いている。
その隙間にハッカ油を吹きつけて、アルミテープで塞ぐことを思いつく。ハッカ油を寝室の天井めがけてさっとスプレーしたのとは違って、ベニヤ板の隙間に、シュッシュシュッシュッと念入りに吹きつけた。目にしみて痛い。涙が出る。
今だって、相当、匂う。キュッキュッという高周波の音も聞こえてきた。
カサッという音が聞こえるような気もする。「どうしてんの?」「私が喋らないから、聞き耳立ててんの?」と天井に向けて言う。返事はない。
スプレーを吹きつける端から、アルミテープで隙間を覆い尽くす。
01:44
あっ、音がするような気がする。ハッカの匂いがクローゼットの中に充満するだけではなく、天井裏の隅々にまで広がり、その匂いに耐えかねて、奴が大暴れした挙げ句の果てに、天井板を囓り始める、そんな隙も与えない即効性があるといい。
しーんとしているので、怖い。今夜は一度も、天井や柱を叩かなくて済むだろうか。今までやったぐらいのことで、そんな段階に達したとも思えない。足音が、風音が、気配が、聞こえる、ような気がする。
いやいや、こんなにぴたりとやむわけがない。
と思っておくほうが無難だ。安心するのは早すぎる。やることは沢山ある。でも、母が生前、天井裏に置いたままにしていたはずの荷物を処分するのは、来年、暖かくなってからにしたい。「片づけるのは、今年はもういいだろう?」と言いたいところだ。
クローゼットに、私の服と、喪服とを入れ直す。ハンガーラックの下の棚に敷いていた押入れシートを、随分前に買って使わずにいた竹炭入りのシートに張り替える。
上の棚がなるべく埋まるように、毛布やタオルケットの入った箱の上に、カーテンが入ったケースをぎちぎちに重ねる。上段に『ねずみ音波防除器』を置き、電源コードと延長コードが、クローゼットの開け閉めの障りにならないよう小細工をする。
この数年来の引っ越しや模様替えで、どこにあるのか分からなくなっていたものを見つけては、寝室の畳の上にどんどん抛り投げたので、何日か前にすっきりと片づけたのも束の間、服や物で溢れ返った。最下段に置いてある衣裳ケースを整理するのも、後回しだ。
服が所狭しとぶらさがっている洗濯物干し部屋の押入れには、二十以上の押入れ抽斗が詰め込んである。服のカーテンを掻き分けて、靴下とスパッツと部屋暖グッズとを、三つの押入れ抽斗に分類する。他の押入れ抽斗にも適度に服を入れ直し、押入れ下段の奥に何があるかもひとつひとつ確かめる。
02:05
あっ、今度こそ、音がする。気のせいか。少し前に、眠剤、服んだ。
箪笥の上に置いた鞄類も、埃避けを万全にして、置き直す。床上に積んであったものを、少しずつどこかしらに押し込んでいく。
三時過ぎに、近くのデニーズで遅い昼食をとり、帰ってきてから、忌避剤を置くために、天井裏に上がる天板を開けた。もうとっても久しぶりに開けた。
前に天井裏を覗いたのはいつのことだったろう。
父が一人で住んでいた頃、遊びに行くと、天板が開いていることがよくあって、その時だったろうか。父が死んで住人がいなくなり、ネズミの糞が室内でも散見されるようになった時だろうか。この実家に戻るつもりでリフォームをした時か。仏間の天袋から電気配線を電気屋さんに見てもらった時に、ついでに覗いたんだったか。
押入れの天板を数カ所ガムテープでとめて以来、こうなってみると安易な仮止めにすぎなかったテープを剥がし、身を乗り上げて天井裏を眺める気にはならず、天板をちょっと上げるだけにして、「もっと懐中電灯で手元を照らして!」と妹に喚きながら、『ねずみ小僧』を二個、置いた。
一つは、寝室や階段の照明の電気配線も露わな、天板が嵌まっている桟のすぐ脇の角に。もう一つを天板の上に載せてさっと閉め、そして、念入りにガムテープを貼り巡らした。人間はすぐに天井裏には上がれなくなったが、奴の歯にかかれば何てことないだろう。
02:21
来た。うーん、これは、下からではなく、天井裏の通風口から入ってきたんじゃないのか。ドスンという音もした。そして、どうするんだ。どこに行くんだ。匂いを避けて、台所に降りたら嫌だ。
様子を窺っているのか、音はそれきり。奴が暴れ始める前に、眠剤、効いてほしい、眠らないと。
今日一日、今夜一晩、なんとか凌いでいくしかない。
そろそろラジオをつけよう。今日は誰の番だろう。
明日、二つ、超音波発生装置『ペストコントロ』が届いたら、仏間と書斎に置こう。
明日か明後日、ホームセンターの人が来たら、侵入口を塞いでもらうか、やり方を教えてもらうかして、『ネコ・チュー逃げる 木タール』を庭に撒いて、様子を見て、週明けにでもペストコントロール協会に連絡して、業者を紹介してもらおう。こんな時期だから、年内中には目処が立たないかもしれない。
駆除グッズを天井裏に置くだけなら、電気屋さんに頼もう。天井裏にある荷物をすぐに片づけなければならないと言われたら、倉庫を持たずに車一つで仕事をしていた若い骨董屋さんに連絡してみよう。まだ、あの商売をやっているだろうか。
書きたい意欲と興奮気味なのとで、眠くならない。
洗濯物干し部屋は、洗濯物と夏服などで充満してきたが、後日、片づけることにして、ここでの作業は切り上げた。
今回の模様替えの目玉は、仏間にある、数ヶ月前に組み立てた、ロッカーダンスを、妹の部屋にあるハンガーラックと入れ替えることだった。さて、どこから出し入れするのか。
ラジオのアナウンサーの声が昨日までとは違う。サイケデリック・ロック。アート志向の強い観念的なロック。シンセサイザーやメロトロンを使った多様な音楽。最近ネットでよく見られる。エマーソン・レイク・アンド・パーマー。そのアルバムから、ラッキー・マン。
妹の服をベッドの上に積み重ね、ハンガーラックを仏間との出入り口から出す。出た。ルミナスのロッカーダンスは、ハンガーラックよりも幾分大きい。入口にはみ出しているルミナスの書棚を、ぐぐっと寄せて、入口を広げる。ロッカーダンスのカバーを外し、見通しをよくする。通った。
カバーをかける。枠の要所要所にカバーをマジックテープで止める仕掛けだったのには、数ヶ月前に友人と組み立てた時には気づかなかった。
方々にある妹の服を、ロッカーダンスに入れたり、仏間に置いたハンガーラックにかけたり、二階の箪笥に仕舞う。妹の部屋を細々と掃除する余裕はないから、これも後日に回すことにして、階段の下を明るくする。
父との近居と姉妹の同居のための引っ越し、父が亡くなったあとの整理、リフォームの前後、姉妹それぞれの実家への引っ越し、新旧物置の入れ替えなどで、分散していた家事用グッズや書籍などをまとめ、不要なものは捨て、ようやく、今度こそ、母が買い換えたあと使わずにいた、階段下に置いてある鏡台も使えるようになるかもしれない、暗がりを明るくする工夫をした。その他のことは、また後日。
昼遅くに、デニーズで、ステーキとハンバーグを食べたので、九時近くなった晩飯は、キャベツ、水菜、ブロッコリーを湯がいて、明太マヨネーズのディップ、ネギと紫蘇を刻み入れて醤油をたらしたツナ、ビールに焼酎、みかんやどらやき。
お笑い番組を見て、仕事のことなども色々話した。
もう三時すぎてしまったが、物音はしない。
なにしているんだろう。外に出て行ったっきり?なんてこと、あるんだろうか。
眠ろうっと。
いるのかいないのか
幻聴か妄想か思い過ごしか
12月2日
00:12
とても眠いので、早々に上がった。暖かい日だったから、湯たんぽはいらない。ネズミも野宿かと期待する。今朝届いた、超音波発生装置を設置する気力は起こらず、もう眠ろうとしているのだが、いいんだろうか、こんなに甘いことで。
でも帰って来たのも遅かったし、酒も飲んでないし、年末掃除で埃まみれになったし、ゴミのように扱われるし、がさつだなぁと思ったし。
ぐだぐだ言ってないで、寝よう。
02:20
眠くて眠くてと思っていたが、起きた。ガサゴソ始まった。
ラジオをつける。アダモだ。
ちょうど終わったところ。
02:58
起き上がり、箱に入ったままの『ペストコントロ』とiPadを階下から持ってきた。録音しようとしたら、音が止んだ。電池式の『ポータブル・ペストコントロ』を押入れに入れた。明朝、仏間にLEDつき『ペストコントロ・デラックス』を置こう。
クローゼットの上段にiPadを置き、録音スタンバイ。三時間ぐらい録音できるか。その前にバッテリが切れるか。
03:52
折角だから、『ペストコントロ・デラックス』を電源が近くにある箪笥の上に置いてみたが、うるさい。仏間か書斎の天袋向きだ。書斎に移動。ポータブルのをもう一つ買おうか。
05:57
何かが燃えるような匂いで目をさました。
15:32
洗濯や掃除などをしていたら、ガサゴソ。いる!!
いる
いる
12月3日
昼12時すぎ、台所の上でガタガタ音がする。
その少し前、仏間の天袋に、『ペストコントロ・デラックス』を仕掛けた。『ポータブル・ペストコントロ』用の電池が足りない。
00:06
ほぼ一日中、二階にいた。午後3時過ぎ、ガサガサと聞こえた。夜中になる前に、寝室のカーテンを閉めずに、ずっと灯りをつけておいた。そのうち、階段の踊り場の方に走り去る音が聞こえた。iPadの録音アプリをしかけて、下に降りた。
夜11時半頃に上がってきたら、ハッカの匂いが強くなっていた。段々、効き目があらわれるというのは、段々、匂ってくるということなのか。
何時頃、眠剤を飲もうか。
昨日の失敗を教訓として踏まえたいが、どうあれば、もっと熟睡できたのか、分からない。
それにしても、この匂いは強烈だ。かなり隙間があるのだろう。
マスクをすれば匂いも嗅がずに済むか。そもそも耳栓をすればよかったのかもしれない。でも、血液の流れる音が気になって、すぐに外すし、マスクも朝までつけていたためしがない。マスクを取りに下に降りるのも、メンドくさい。
布団の上に座っている。左足の先にブルブルっと感じたのは何だろう。
地位や給料が上がったからと言って、同時に、人間としての格も上がるわけじゃない。人の成長を見ているのは、気持のいいものだけれど。
00:20
ヤクのんだ。
飛行機が通過した。
マスクはいいや。喉が痛いけれど。
わっ、ネズミが動き始めた。早くテレビをつけよう。
入口が見当たらず興奮したか
飛行機は飛ぶし ネズミは齧るし
12月4日
01:14
姜尚中の漱石探訪番組と『ねほりんはほりん』を見て、上がってきた。
高周波の音がうるさい。何故だろう。洗濯物干し部屋のと共鳴しているんだろうか。ここにネズミが出てきたら、たまらん。
買ってから電源入れっぱなしの、一番安い奴だからだろうか。壊れる寸前だったりして。発火でもしたら困る。書斎のと交換したが、寝室の天井近くに、四つも仕掛けていることになり、この音で眠れなくなるかもしれない。
超音波ってうるさい。高周波か。電磁波も発生とか。
発生装置の置き場は、朝になったら考え直す。昼間カタと聞こえたの以外はもう聞かずに眠れますように。
01:30
ヤクのんだ。
朝、電池式のが二つ届いたのだった。
02:30
ねる。
10:41
庭の脚立を二階に上げて、ベランダに立て、へっぴり腰で上がり、天井裏の通風口に『ネコ・チュー逃げる 木タール』をぶら下げた。段々の間から、甍の波や丹沢山脈が見えて、足がすくむ。シャッターフードの上にも忌避剤を置いた。