1998/9/15
ここはエライ遠かねぇ。そこが、大川かい。ずいぶんしとやかになったねぇ。「誰が?」わし。あんたが誰じゃったか、思い出さん。わたしとあんたといくつぐらい違うかねぇ。「50だよ」なぁんが50も違うこつのあるか。「わたしは40、あなたは91」はぁ。わしは、いくつじゃろか。「91」そぎゃんなったつねぇ。以前ほどの感動はなく、91でいくつになっとじゃろかぁ。
わしは、森田エツたい。「そのあと、嫁にいったでしょ」いつ嫁にいったろかぁ。「70年前ぐらい、すごいねぇ」そうたいねぇ。ここが、わしが、どこだったかい。「なんにしても、元気だね」元気だねぇ、いまでも。それはうまかろうねぇ。「どうぞ」一つでいい。「これなんていうんだっけ」さあてねぇ。「金平糖じゃないの」そうたい、金平糖たいねぇ。「忘れちゃったねぇ」そうねぇ、ばってん、あれは、枕じゃろ。
月の満ち欠けが日ごとに描かれているカレンダーをじっと見ている。どうやって数えっとじゃろかぁ。廊下を散歩していた人が、ふと部屋に入ってきて、すぐに出ていった。誰か知らんやつが、はってったねぇ。千代紙を張った金平糖の箱のフタをためつすがめつして、美しかねぇ。テレビの料理番組を見て、これは誰だったつかい。「サカキバライクエとイモリミユキ」サカキバラやぁ。
母が懇意にしていただいていたことで、ばあちゃんもその著作をよく読んでいた、井上靖さんの本を見せて、聞いてみた。「井上先生、覚えてる?」ここが、井上先生かい。「この部屋から山がよく見えるでしょ」ここねぇ、見えんじゃない?「わたしの名前は?」あんたが名? 何ていうとじゃろか。よそをむいて、ふと、ゆきじゃろ。ここはアンタ。あそこは? そう言いながら、窓の外をしきりに見やる。
親類が勢揃いした古い大きな写真を見ながら、とよこおばさん、いねおばさん、ようかいちの・・・。ばあちゃんの母親のうめばあさんを指さすと、わし、かい? ばあちゃんの一人娘のしづを指すと、分からん。ばあちゃんを指さしても、知らん顔。ばあちゃんの旦那の弟を指さすと、定治さんたい。
ばあちゃんとじいちゃんと娘との三人の名前で寺に寄贈した円光寺さんの鐘。その銘をたどりながら、しづって誰? としつこく聞くと、ワタイが弟じゃろ。
無理矢理会話をかわそうとしたが、始終、ばあちゃんは無表情だった。霞がかかっているよう。「じゃんけんしよう」「じゃんけんぽん」「じゃんけんぽん」かけ声に合わせて、自動的に手が出る。ばあちゃんが、続けざまに負けて、はじめて笑った。
スタッフが洗い物などを集めに来て、部屋を出て行く。ツラ見せてはってった。年はいくつかい。へぇ、91かい。「もうじき100だね」100までは生きるじゃろ。
妹がばあちゃんに会いに行った。ずうっと、ぼおっとしていたらしい。