第二話「人造人間」


 落胆して救護所に戻った少女は、医師や看護婦達が騒然としているのに気づいた。
婦長が少女を見つけて、
 「あ、あなた、駿介君がどこへ運ばれていったか知らない?」
 「駿介君が?どうしたんですか。」
 「消えちゃったのよ、私達がたまたま目を離してるうちに。まわりのベッドの患者
さん達の話だと、どこからか救急車が来て連れてったって言うんだけど。」
 「だって、道路はどこも寸断されて、ここに近づける車なんて…」
 そこまで言って、少女の脳裏に炎の中の光景が浮かんだ。
 <あの時、確かに何者かの気配…まさか…>
 それは、駿介を助け出した時のことである。
 「来てください!」
 不審な胸騒ぎを憶えて、少女は一緒に来ていた父親と共に救護所の外へ跳び出した
。そして、大地にじっと目を凝らした。そして心の中でつぶやく。
 <見わけられるはずよ、私の目の画像追跡装置を持ってすれば…>
 彼女の目には、地面に残ったかすかな車の轍のあとが、はっきりと見わけられた。。
 「ついて来てください、駿介君はこっちです!」
 「目が、いいんですね…」
 父親はそんな少女に首をかしげながらも、駈け出す彼女にまたも懸命について行った。
           ◇                ◇
 緑沼市から続く山中の道を、怪しげな救急車が街から遠ざかって行く。やがてその
前方に、道路を塞いで丸く口を開いた大きな陥没が見えてきた。運転席に座っていた
人相の悪い男達がその陥没の前で車を停め、気を失った駿介を担架で運び出す。そこ
へ陥没の中から不気味な姿の怪物が姿を現わした。それは地下空洞にいたネオシャド
ウ・ロボ、マグニチュード・ナマズに他ならない。その奇怪な怪物は、ナマズらしく
ひげの生えた口から、
 「お前達は下がって良い。こいつは俺が始末する。」と人間のような声を発した。
 「はっ、マグニチュード・ナマズ様。」
 偽の救急隊員達は仮面を引き剥ぐと、人間ならぬ身の正体を現わした。ネオ・シャ
ドウの戦闘工作用アンドロイド、ネオ・シャドウマンである。彼らはそのまま偽救急
車に乗り込むと、ホバークラフトで難なく陥没を飛び越え、いずこかへと走り去った。
 「さて、マグニチュード・ナパームで丸焼きにでもしてやるか。」
 マグニチュード・ナマズが重そうな体をノッシ、ノッシと歩ませ、倒れたままの駿
介に迫る。だがその足元に突如、一輪の淡紅色の花が咲いた。表情の乏しいマグニチ
ュード・ナマズがそれでも点のように小さな目を見張り、驚いた様子を見せる。
 それは、季節はずれのナデシコの花だった。どこからか、少女の声が響いてくる。
 「その花の花言葉は拒絶。その子にはあなたの指一本、触れさせはしません。」
 「馬鹿者!俺には指などないわ!」
 少女の声に少し間抜けな台詞でそう答えたものの、マグニチュード・ナマズは慌て
て周囲を見回さざるを得なかった。頭と胴体に境界のないその怪物は、首が回らない
ので全身で回らなければならない。マグニチュード・ナマズは重そうな体をぐるりと
一回転させた後で、小さな目を意外そうに見開いた。自分と駿介との間に、いつの間
にかスカイブルーのブラウスを着た少女が立っていたのだ。
 「何者だ。少なくとも人間ではないな。」
 「あなたよりは人間に近いつもりです。」
 「この俺と戦うつもりか。」
 「好みませんが、必要とあれば。」
 少女はそう告げると、静かに、しかし素早く身構えた。両者のにらみ合いが続くの
を、駿介の父親が近くの林の木の影から心細げに見守っていた。
 やがて、マグニチュード・ナマズの背中に背すじに沿って装備されていた長い砲筒
がもちあがる。続いてその怪物が急に頭を下げる。丸い砲口が少女を狙っていた。怪
物が、
 「マグニチュード・ナバロン!」と、その大型主砲を発射する。
 大音響が周囲に響き渡り、駿介が目をさます。少年が顔を上げると、奇怪な怪物の
姿と、その前に立ち昇る火柱、さらには辛くもその猛火からとびのいた少女の姿が見
えた。
 「お姉ちゃん!」と叫ぶ駿介の姿に少女が、そして父親が焦りを見せる。
 それを読んでか、マグニチュード・ナマズが続けざまに発砲した。身を右に左に躍
らせ、宙に翻して爆発をかわす少女の手が突然円弧を描いたかと思うと、小さなきら
めきがその手元に見える。次の瞬間、鋭い黄金の矢が怪物の頭に二、三本突き刺さり
、次々と爆発すた。しかし、マグニチュード・ナマズは平然として地面の上に立って
いる。その無表情な怪物が、どこか笑っているように見えた。
 「そんなチンケな武器で俺とわたり合おうとはよい度胸だ。だがいつまでもつかな?」
 不安げに見守る駿介達だが、もう二人、その戦いを離れた場所で見守る者達がいた。
 「すると、お前の始祖ザダムの手によるものだと言うのか。」
 「記憶回路に記録されております。旧シャドウが邪魔者を消すために派遣した、自
爆型アンドロイドです。その名は、マリ。」
 「自爆型にしては動きが良すぎるようだが?」
 「戦闘タイプにもチェンジできる複用タイプのものです。」
 「それにしては、この危機にあってチェンジせんではないか。」
 キング・シャドウの言葉通り、明らかにその少女、マリは人間の姿のままで戦い続
けた。その懸命さに、見ていた父親も何かを感じ始めていた。彼女の意外なしぶとさ
にマグニチュード・ナマズが叫ぶ。
 「悪あがきもそこまでだ。マグニチュード・ナパーム!」
 駿介のいる方向に怪物の口からナパーム弾が発射され、たちまち少年は炎に包まれた。
 「熱いよ!助けて!」と駿介が苦しみもがく。
 「どうだ、無駄な抵抗はやめろ。さもなくば子供の命は…」と言われ、マリがたじ
ろぐ。
 「マグニチュードリル!」と怪物は全身からドリルを発射した。
 ドリルがワイヤーを引いて放物線を描き、マグニチュード・ナマズを取り囲んでこ
とごとく地面に突き刺さる。その怪物が、
 「マグニチュードップラー!」とすべてのドリルから地中に向けて震源波を発した。
 激震がマリを襲う。激痛回路を遙かに越える苦しさだと、彼女は思った。怪物が、
 「こういう使い方もあるのだ。さあ早く分解してしまえ!」と声を轟かせる。
 震源波の中心にいるにも関わらず、マグニチュード・ナマズ自身は平然としていた
。マリは立っていられず地面に倒れ、それ故さらに強い震源派を受けてしまう。彼女
の体内の各所から火花が飛び散り始めた。怪物が勝ち誇る程に、震源波もパワーアッ
プしてゆく。
 <負けるものか、私の戦いには何か意味があるはずだ…>と、マリは歯を食い縛った。
 その時だった。駿介の父親が森の中から駈け出し、自分の子供に向かって炎の阻む
のも厭わず突進したのは。炎をかいくぐって我が子を抱き上げる彼の姿を見て、マリ
は思った。
 <守らなければ、絶対守らなければ!>
 彼女の電子頭脳の中で、回路の許容量ぎりぎりまで意識電圧のレベルが上昇した。
それは情動、あるいは熱意の高まりと呼んでも差し支えのないものである。
 その時、異変が起こった。マグニチュード・ナマズの両腕にあたるスタビライザー
の付け根に並んでいた爆発ボルトが自動点火される。怪物のボディはたちまち崩壊し
、またたく間に自爆してしまうのだった。自分の震源波を受けて。
 「勝ったの?でもどうして?」
 マリは、喜びよりもむしろ驚きに満ちて立ち上がった。
 しかし、今度は助け助けられ、心のきずなを取り戻して歓喜し抱き合う親子の姿を
見た時、勝利の喜びを遙かにしのぐ喜びが彼女の心を満たした。
 いつか焼け跡の煙もとだえ、沈む夕日にもまだ少し早く、空には爽やかなスカイブ
ルーが広がり、マリと父親を讃えていた。
 しかし、マリには怪物の由来が気がかりでもあった。キング・シャドウもまた、
 「どうしたと言うのだ、アイラム、説明しろ!」と部下の人造人間に向かって絶叫
する。
 「わかりません、狂って自らスタビライザーを強制排除してしまったとしか。しか
し、何故に…」
           ◇                ◇
 翌朝、疲れ切って泥のように眠っていた老医は救護所で目を醒まして驚いた。他の
人々も皆、信じられなさそうな顔で所内を見回している。
 なぜか救護所はその至る所、一夜のうちに美しい花で埋め尽くされていた。ベッド
にも、薬品棚にも、ぐったりして仮眠を取っていた看護婦達のナースキャップの上に
さえ、赤や青、黄色や紫、色とりどりの花が咲き乱れていた。一面花、花、花の洪水
である。
 「一体誰が、いつの間に…」と婦長が驚き呆れて言った。
 人々は驚きながらも、可憐な花々に励まされて生きる希望を取り戻しつつあるよう
だった。老医は、満足げにつぶやいた。
 「あの娘は、我々とは違うようだ。心の傷まで治してしまう。」

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