夢から、さめない‐SCINARIO#24


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第24話

     詩学・・・・・前田このみ
     勇魚・・・・・桑島法子


(Reading:前田このみ as 詩学)

都会ではもうあまり見かけなくなった針葉樹の立ち並ぶ小さな泉のそばで、 僕達はカミソリの刃のような吹きさらしの寒風にガタガタと震えていた。
泳ぎたかっただけ。 と言って、水に飛び込んでいこうとしていたその女の子は、 ジョイからクッキーを取り上げると口に放り込んだ。 パキパキと音がした。
「(勇魚)あまあい…。 もっと食べたいなあ…」
「(詩学)もうないよ」
「(勇魚)あなたには言ってないわ」
ジョイが喉を鳴らした。 たぶん、なでてもらってるんだろう。
「(勇魚)ねえ、クッキーもっと頂戴」
「ワンッ」とジョイは答えて、僕の足元まで駆けて来た。
ジョイの大きな目が期待を込めて僕を見つめる。
「(詩学)もうないよ。ジョイ」 ジョイは大きく吠えて、僕のびしょ濡れのジーンズのポケットを鼻先でつついた。
「(詩学)…うるさいなあ。分かったよ。クッキーだろ? 全く、誰が飼い主なんだよ」 僕はクッキーを取り出すと、袋ごとジョイに差し出した。
ジョイは、うきうきと走り去った。
「(勇魚)何これ。濡れてる」
「(詩学)泳いだんだ。仕方ないよ。 それより、もう着替え終わったんだろ?」
振り返ると水の中のままの下着姿で、 彼女はジョイにもたれかかってクッキーを食べていた。
「(勇魚)見ないで。って言ったでしょ。男ってほんとに何も分かんない」
「(詩学)何言ってんだよ。いつまでそんな格好で、いるつもりなんだよ」
「(勇魚)だって…パンツがないもの」
「(詩学)ええ?」
「(勇魚)濡れちゃったんだもの。替えのパンツ、買ってきて」
「(詩学)…何で俺がそこまでしなきゃいけないんだよ」
「(勇魚)じゃあ、帰れば」
僕はコートを脱ぎ捨てると、デイバッグごと彼女に投げつけた。 そして、ジョイを連れて歩き出した。

コンビニで女物の下着を買うなんて、初めてだった。
女子大生風の店員が上目遣いに僕を見た。
ドアを出る時、くすくすと笑う声が聞こえた。
ジョイの歩く足音は空に昇らず、地面に軽い旋律を響かせていた。
さらさらした西風に吹かれて、僕は懸命に落ち着きを取り戻そうとしていた。
松の群生に隠れるように、彼女は僕のコートに身を包んでうずくまっていた。 草薙水のノートを見ていた。
「(詩学)人にパンツ買いに行かせて、何やってんだよ」
「(勇魚)…あたしは、草薙水の…恋人だった」
「(詩学)え?」
彼女はうつむいたまま、小さな声で言った。
「(勇魚)水とは、矯正施設で知り合ったの」
「(詩学)矯正…施設…」
「(勇魚)そう…。 ね、知ってる? 情緒障害施設って、14歳までしか、入所できないの。 だからそれ以降の年齢になって、 知的障害のない、でも普通の子とちょっと違う子は、 公的な機関では受け入れてもらえないの。 だから…私設の矯正施設に行かされるの。
…そこで水に初めて会った。 きれいな目をしてた。
でも…そこは酷いところだった。 海に放り込まれたり、コンテナに閉じ込められたり、 無理やり、あたしたちを変えようとする所だった。
あたしは、トイレに行かせてもらえなかった。 一日中、泣いても、お願いしても、もう何も望まないって言っても… 自分を捨てるまでは駄目だって…。
死んでしまいたかった…。 その時、水が、脱走しよう。って…。
あたしたち、二人で逃げた。 奇跡が起こって、脱走に成功して家(うち)に帰れた。
あたしを救ってくれたのは水だった。 なのに…何故、水は死んでしまったの? 何故、自分から死を選ばなければいけなかったの? そして…何故このノートを送ってきたの? 何故このノートは…人の手から手へと受け渡されて、 あたしの許に、戻ってくるの?」


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