夢から、さめない‐SCINARIO#25


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第25話

     空音・・・・・桂川千絵
     森・・・・・・桑島法子
     勇魚・・・・・桑島法子
     水・・・・・・桑島法子


(Reading:桑島法子 as 森)

僕の部屋に、僕以外の人間がいることはほとんどなかった。
部屋はいつも空虚で、乾いていた。
動き始めた電車の窓から最後に見た勇魚の瞳が、夢のほとりで揺れていた。
夜遅くドアがノックされた時、僕はその音を勇魚と信じて扉を開けた。
夜半から降り始めた雨の雫を真珠のように散りばめた空音がいた。
「(空音)どうしても…会いたくて…」
「(森)悪いけど…帰って…。 勇魚を…これ以上傷つけたくないんだ」
「(空音)私…勇魚さんに謝りたい…ひどい事言っちゃった… 自分のことばっかりで…ごめんなさい…森君」
純度の高い水晶のような瞼が震えて、 涙がこぼれ落ちる瞬間がはっきりと僕の目に映った。
勇魚の行方を、僕は知らない。
壊さないと誓った勇魚を、僕はこの手で壊してしまった。
「(空音)森君…私…そばにいてもいいですか? せめて…勇魚さんが戻るまでの間だけでも…森君を…守ってあげたい」
拒絶したかった。 でも、拒絶される苦しみを誰かに与えることが、 もう、僕には出来なくなっていた。

(勇魚)偽善者! あなたはただ傷つきたくなくて、自分を偽ってるだけ。 水とは違う。 卑怯なのね ((空音)自分のことばっかりで…ごめんなさい…) (勇魚/空音)森君。
勇魚の声は超自我となって僕を糾弾し、僕の心は自律性を失い始めていた…。

水鳥がはねる音に、僕ははっと現実へと意識を戻した。
僕と空音は閉館した動物園に残ることに成功し、 中庭に建てられた鳥獣館に身を潜めていた。
新月の夜は暗く、 僕たちはお互いの服の裾に触れては存在を確かめ合っていた。
空音は柵をカチャカチャと揺らした。
「(空音)…ん…鍵がかかってる」
「(森)だったら、警備員室にあるはずだ。行ってみよう」
「(空音)そこにも、鍵がかかってるんじゃないの? それに、警備員の人もきっといるわ」
僕は立ち止まって、頭の中で水のノートを開いた。

(水)動物園襲撃計画にあたって為すべきこと。
動物を威嚇し、彼らに不安と混乱を引き起こす…。
僕は煙草を取り出すとそれを束にして火を点け、檻の中に投げ入れた。
鳥たちは目を覚まし、鋭い鳴き声をたてた。
「(空音)…はっ…何をするの? 森君」
「(森)動物たちを混乱させ、パニックを引き起こすんだ」
僕は空音の手を取ると騒ぐ鳥たちを後にし、小型哺乳類館に向かった。
動物たちを威嚇するんだ。 カオスを引き起こすんだ。
しかし、それより先に動物たちは既に目を覚ましていた。
彼らは、怯え、怒り、叫んでいた。
空音が僕の腕をぎゅっと握りしめた。
闇を切り裂くように、沈んだ鋭い猛獣の叫び声が振動とともに響いた。
警備員の持つ赤い懐中電灯が、テールランプのように暗闇の中を泳ぎ始めた。
僕たちの他に誰かいるんだ。 そして、同じように動物たちを、 その身を縛る鎖から開放しようとしているんだ。
…勇魚…勇魚…君なのか?
(勇魚)森君、恐れなくちゃいけないのは、恐怖じゃないのよ。
恐怖に目を閉じて、 自分自身で自分の中にある大切なものを、 何かに譲り渡してしまうことが、 何よりも怖いの。 ((空音)怖いの…やめて…痛いよ…森君)
森君、自分を信じて。 水のように失くさないで。
私の声を…声を聞いて。


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