(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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空音・・・・・桂川千絵
森・・・・・・桑島法子
勇魚・・・・・桑島法子
水・・・・・・桑島法子
(Reading:桑島法子 as 森)
僕の部屋に、僕以外の人間がいることはほとんどなかった。
水鳥がはねる音に、僕ははっと現実へと意識を戻した。
部屋はいつも空虚で、乾いていた。
動き始めた電車の窓から最後に見た勇魚の瞳が、夢のほとりで揺れていた。
夜遅くドアがノックされた時、僕はその音を勇魚と信じて扉を開けた。
夜半から降り始めた雨の雫を真珠のように散りばめた空音がいた。
「(空音)どうしても…会いたくて…」
「(森)悪いけど…帰って…。
勇魚を…これ以上傷つけたくないんだ」
「(空音)私…勇魚さんに謝りたい…ひどい事言っちゃった…
自分のことばっかりで…ごめんなさい…森君」
純度の高い水晶のような瞼が震えて、
涙がこぼれ落ちる瞬間がはっきりと僕の目に映った。
勇魚の行方を、僕は知らない。
壊さないと誓った勇魚を、僕はこの手で壊してしまった。
「(空音)森君…私…そばにいてもいいですか?
せめて…勇魚さんが戻るまでの間だけでも…森君を…守ってあげたい」
拒絶したかった。
でも、拒絶される苦しみを誰かに与えることが、
もう、僕には出来なくなっていた。
勇魚の声は超自我となって僕を糾弾し、僕の心は自律性を失い始めていた…。
僕と空音は閉館した動物園に残ることに成功し、
中庭に建てられた鳥獣館に身を潜めていた。
新月の夜は暗く、
僕たちはお互いの服の裾に触れては存在を確かめ合っていた。
空音は柵をカチャカチャと揺らした。
「(空音)…ん…鍵がかかってる」
「(森)だったら、警備員室にあるはずだ。行ってみよう」
「(空音)そこにも、鍵がかかってるんじゃないの?
それに、警備員の人もきっといるわ」
僕は立ち止まって、頭の中で水のノートを開いた。
僕は煙草を取り出すとそれを束にして火を点け、檻の中に投げ入れた。
動物を威嚇し、彼らに不安と混乱を引き起こす…。
鳥たちは目を覚まし、鋭い鳴き声をたてた。
「(空音)…はっ…何をするの? 森君」
「(森)動物たちを混乱させ、パニックを引き起こすんだ」
僕は空音の手を取ると騒ぐ鳥たちを後にし、小型哺乳類館に向かった。
動物たちを威嚇するんだ。
カオスを引き起こすんだ。
しかし、それより先に動物たちは既に目を覚ましていた。
彼らは、怯え、怒り、叫んでいた。
空音が僕の腕をぎゅっと握りしめた。
闇を切り裂くように、沈んだ鋭い猛獣の叫び声が振動とともに響いた。
警備員の持つ赤い懐中電灯が、テールランプのように暗闇の中を泳ぎ始めた。
僕たちの他に誰かいるんだ。
そして、同じように動物たちを、
その身を縛る鎖から開放しようとしているんだ。
…勇魚…勇魚…君なのか?
恐怖に目を閉じて、
自分自身で自分の中にある大切なものを、
何かに譲り渡してしまうことが、
何よりも怖いの。
((空音)怖いの…やめて…痛いよ…森君)
森君、自分を信じて。
水のように失くさないで。
私の声を…声を聞いて。
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