(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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空音・・・・・桂川千絵
森・・・・・・桑島法子
陸・・・・・・前田このみ
(Reading:桂川千絵 as 空音)
今日は新月だ。
真冬の動物園は砂地に吸いこまれる波のように静まり返っていた。
「友達の家に泊まったの」
と、私が言った時、ママはちょっと困った顔で私を見た。
「(陸)…あの…すいません。犬…見ませんでした?」
柵の向こう側から不意に誰かの声が聞こえた。
私と森君は黙ってベンチに座っていた。
私はベッドを抜け出して、
椅子の上にかけたセーラー服を取り寄せて、
袖を通した。
「(森)行くの?」私は振り向いた。
森君の瞳が私を見ていた。
「(空音)もう…朝だから。学校も始まったし…」
「(森)…そう…そうだね」
「(空音)でも…今日の夜…動物園に行きます。
水さんの最後の願いを叶えたいから」
森君は、黙って頷いた。
「(空音)勇魚さんのこと…考えてるんですか?」
と、私は言って返事を待たずに森君のアパートを後にした。
トラかヒョウ、もしかしたらクーガーかピューマかもしれないネコ科の動物が
唸っていた。
北極グマがドアを叩く音が響いた。
終わりを告げる鐘のようにその音は単調に繰り返された。
私はバードサンクチュアリを遠くから見つめた。
「でもね、空音は女の子なんだから」と、ママが言いにくそうに続けると、
「空音を信じてやんなよ」と、おにいちゃんは言った。
「空音はいい子なんだから」
おにいちゃん、空音はいい子なんかじゃないよ。
だから、空音をうんと叱って。
おにいちゃん、ごめんなさい。って言わせて。
私は胸の奥でつぶやいたけど、おにいちゃんはそれきり何も言わなかった。
振り向くと、
コートの上にぐるぐると何重にもマフラーを巻いた重装備の知らない女の子が、
はあはあと息を切らして立っていた。
「(空音)犬?」
「(陸)そう…あの…ゴールデンレトリーバーなんやけど…
そいで、名前はジョイなんやけど…
すぐそこのイチョウの木の下につないどったんやけど…
ちょっとコンビニ行ってて目え離したらもういえへんようになっとって。
どうしよう…あたしどうしたらええの?」
「(空音)…あ…さあ…ちょっと…見てませんけど…」
「(陸)しっぽが蜂蜜色で、
クッキーが大好きで、
でも知らへん人について行くようなことはしいへん子なんやけど…」
「(空音)…あ…あの…ごめんなさい。私、本当に見てなくて…」
「(陸)…そう…そうですよね」彼女はため息をついた。
ずいぶん走ったんだろうなあ。と、私は思った。
「(陸)ごめんなさい。じゃあ…」
ぺこん。とおじぎをして、女の子は再び駆け出した。
「(森)今の…誰?」森君の声がした。
壊れた楽器のような沈黙が私達をそっと包んでいた。
「(森)寒くない?」
「(空音)大丈夫。森君は?」
「(森)僕は…男だから」
私は自分の爪先を見つめた。
隣にある森君の爪先に比べて、私のはオモチャのようだった。
「(空音)男の人って、
自分の気持を胸の内側にためちゃって、
誰にも見せてくれないんですか?」
「(森)何のこと?」
「(空音)おにいちゃん」と、私は言った。
「(空音)私を拾ってくれて、
私に空音っていう名前をくれたおにいちゃんが、
結婚するみたいなんです」
「(森)…みたいって…」
「(空音)分からない。
さっき電話して、今日は帰れないって言ったら、大事な話があるって…
結婚の話なんだって…」
「(森)…それで?」
「(空音)…こわくて…切っちゃった…」
「(森)突然だったんだ」私は頷いた。
池の上に、睡連の花が浮いていた。
動物園に夕暮れが近づいていた。
まるで、チョコレートの箱に描かれた絵のようだった。
「大型発(オオガタハツ)注意」と書かれた看板が目に入った。
動物園が炎上したら、きれいかもしれない…。と、私は思った。
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〈第22話
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