(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
ここに掲載するものです。このページの記載内容の全部及び一部の
複製を禁じます。
陸・・・・・・前田このみ
詩学・・・・・前田このみ
勇魚・・・・・桑島法子
(Reading:前田このみ as 詩学)
センター入試が終わった。
約束より5分遅れて到着した待ち合わせ場所に、陸はいなかった。
ジョイは、
木立ちの中を細くゆるく流れる小川にそって走ってゆく。
岸に上がると彼女は脱ぎ散らかした服をかき集めて、
ふくれた顔のまま僕に言った。
僕と陸は自己採点表を見比べた。
「(陸)そおっかあ…小沢君…ふううん…」
「(詩学)何だよ」
僕は図書館の長いテーブルの隣に座った陸を見た。
陸は横を向いたまま、にこにこと笑っていた。
「(陸)ねえ…今夜、決行やんね。動物園襲撃計画」
陸は身を起こして、まっすぐ僕を見た。
目が悪戯っぽく光っていた。
「(詩学)ジョイも、連れといで」と僕は答えて片目をつむった。
「(陸)…何時に、どこに行ったらええの?」
「(詩学)草薙水のノートによると…」
と、僕は「動物園襲撃計画」と書かれた例のノートを取り出した。
「(詩学)取りあえずは一般客として、動物園に入園するらしい。
そんで、閉館のまぎわにどこかに隠れて、誰もいなくなるのを待つんだ」
「(陸)見回りの人が、おるんとちゃうの?」
「(詩学)そのあたりの手順も、ちゃんと書いてある。
やっぱり、頭いいな、草薙水は」
草薙水はセンター入試を受けたんだろうか?
彼は何がしたいんだろう?
「(陸)寒いやろうなあ…」陸は言った。
「(陸)超厚手タイツ、二枚はいて行こ」
「(詩学)色気ねえなあ」僕はあきれて言った。
「(陸)男って阿呆やなあ。
そういう些細なことから、気持ちってくずれていってまうんやから。
大事やの、そういうことも。ねえ、それで?」
「(詩学)決行するよ。動物たちを、檻から放つんだ」と、僕は言った。
葉を落とした銀杏の木の幹に銀の鎖で繋がれたジョイが、
僕を見て「ワンッ」と、吠えた。
「(詩学)ご主人様は、どこに行ったの? ジョイ」
僕はあたりを見回して、ジョイの頭をなでた。
繋がれていた鎖をほどいて、
僕はポケットからクッキーを取り出して、
ジョイの大きな口に差し込んだ。
ジョイはうれしそうにシャリシャリと音をたててクッキーを食べ、
もう一個。と、ねだるように鼻先を僕にこすりつけた。
僕はもうひとつクッキーをあげた。
その時、僕の耳には聞こえない微かな物音を感じたように、
突然ジョイは頭をあげて遠くをじっと見つめた。
それからジョイは身を翻して駆け出した。
僕は驚いて大声でジョイの名前を呼んだ。
ジョイは振り返らず駆けて行く。
陸は、たぶんその辺のコンビニで動物園用のお菓子でも買っているんだろう。
ジョイを繋いだまま行けるような、そう遠くない場所まで。
でも戻った時、ジョイの繋がれていない空っぽの銀杏の木を見たら、
きっと陸はちょっとしたパニックになっちまう。
僕は仕方なくジョイの後を追って走り出した。
下草を踏む音が響く。
斜面を下り、
小高い丘の向こうにのぞく大きな松の群落の陰にジョイの姿が消えた。
「(詩学)ジョーイ!」僕は叫んだ。
「(詩学)戻って来い。ジョーイ!」
僕の声に答えるように、どこからかジョイが大きく吠えた。
無数の波紋を描く水の源(みなもと)の湧き出る泉が、そこにあった。
木の生えた砂地に誰かが立っていた。
女の子だった。
彼女はゆっくりと服を脱いだ。
セーターを脱ぎ、青いシャツを脱ぎ、スカートを脱いだ。
最後に靴を脱ぐと、彼女は水の中に入っていった。
「(詩学)おいっ、何やってんだよ」
小さく僕がうめいたのとほとんど同時に、
ジョイが水の中に飛び込んで女の子の下着の端をくわえた。
「(勇魚)…放して…」
ジョイは大きく吠え続けた。
「(詩学)ジョイ」僕は叫んだ。
女の子は僕を見た。
僕は水に入った。
水は衝撃的に冷たかった。
「(詩学)ばかやろう! 何やってんだよ。
こんな浅瀬じゃ、死ねっこないだろう?」
「(勇魚)浅瀬…? あたしの名前、知ってるの?」
「(詩学)え? 何だって?」
「(勇魚)あたし…浅瀬勇魚っていう名前だから」
ジョイが大きなくしゃみをした。
寒さで頭がくらくらした。
「(詩学)水から出ろよ!」僕は怒鳴った。
「(詩学)死んじまうよ」
「(勇魚)死なないって言ったくせに」彼女は冷たい目で僕を見た。
僕は彼女に近寄ると彼女の顎に手をかけて顔を上に向かせ、
もう片方の手で彼女の頬を二三度たたいた。
彼女のきらきらした瞳に涙の粒が浮かんで、
あっという間にこぼれ落ちた。
僕はとっさに指でそれを掬った。
「(勇魚)…死なないわ。あたしそんなこと、しないもん」
彼女は睨むように、僕を見返した
「(勇魚)…あたしはただ、泳ぎたかっただけ」
僕は、ため息をついた。
「(詩学)…はあ…分かったよ。でも、ともかく水から出よう」
彼女は黙って頷いた。
「(勇魚)あっちを向いてて」
「(詩学)そんな言い方ないだろ」
「(勇魚)あたしをぶったくせに」
僕はあきらめてポケットから湿気たクッキーを取り出すと、
三たびジョイに差し出した。
ジョイはクッキーをくわえたまま僕の横をすり抜けると、
彼女の許に向かった。
彼女はジョイからクッキーを取り上げると、
それをぱくんと口にくわえた。
「(勇魚)あまあい…。誰かさんと違って、優しいね」
甘かないぜ、全く。と、僕は胸の奥でつぶやいた。
Copyright (c) 1996 MADARA PROJECT. All rights reserved.
〈第21話
|「夢から、さめない‐ストーリー」のページ|
第23話〉