(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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水・・・・・・桑島法子
詩学・・・・・前田このみ
陸・・・・・・前田このみ
(Reading:前田このみ as 詩学)
「(詩学)何を言ってるの? 陸」
僕は、コーヒーの湯気越しにノートを読み上げる陸を見た。
僕が鍵を開けると、
ジョイは嬉しそうにひらりと部屋の中に滑り込んだ。
僕達は、長いキスをした。
クマやサル、それからセイウチ。
彼らは放たれた夜の闇の中で、何を見ることになるんだろう。
キリンは、高い木々の葉を食べるために再び進化を始めるのだろうか…。
「(陸)ねえ、何(なん)やろうねえ? このノート」
「(詩学)何言ってんだよ。それ、陸が持って来たんじゃないか」
「(陸)これ、拾ってん。今朝早う」
陸は学食のテーブルの上に肘をついて、両手で頬を押さえたまま僕を見上げた。
「(詩学)拾った? 何で、そんなもん」
陸はノートを裏返して僕の顔の前に差し出した。
草薙水の名前がそこにあった。
僕たちは午後の授業を抜け出して、草薙水のノートを読んだ。
繋がれている動物たちを、檻から解き放つ。
見えない月の光を浴びて、動物たちは夢からさめる。
そして僕は、新しい生を再び始めるのだ。
「(陸)なあ、小沢君。これって、小沢君の言うとった数学の得意な人かなあ?」
「(詩学)分かんないよ。大体、草薙水と会ったことだってないし…」
「(陸)何か…この人、悲しそうやな」
僕は顔を上げた。
陸は膝を抱えて、その上に顎を乗せるようにして遠くを見ていた。
「(詩学)陸…」と、僕は言った。
「(詩学)僕の家(うち)に…行こうか?」
陸は振り返った。頬が少し赤くなっていた。
「(陸)ジョイも…連れてって、いい?」
「(詩学)もちろんいいよ」僕は笑って立ち上がった。
「(陸)お邪魔しまーす」陸がおずおずと小さな声で言った。
「(詩学)気い遣わないでいいよ。誰もいないから」
ジョイはどこからかクッキーを見つけてきた。
僕からそれを与えられる許可が欲しくて、僕の周りをぐるぐる回った。
「(陸)ねえ、小沢君。ここって1LDKなん?」
「(詩学)そうだよ。そっちの奥が僕の部屋。こっちがバスとトイレ」
「(陸)もしかして…小沢君って、一人暮らしなん?」
「(詩学)そう。
僕、もともと父親いないし、
母はまだ30代で、いわゆる『少女みたいな人』ってやつだから、
今どこにいるかもちょっと分からないんだけどね」
クッキーの甘い香りが部屋いっぱいに広がった。
ジョイの蜂蜜色の尻尾がパタパタ揺れた。
陸は立ち上がって僕の傍らに立った。
そして、そっと手を握った。
ジョイがクッキーをくわえて、見せびらかすように陸を見上げた。
陸はジョイの背中を静かになぜた。
「(詩学)笑ってよ、陸」僕は、陸の横顔を見つめた。
「(詩学)陸の…笑った顔が、好きなんだ」
陸は床に座ってジョイを抱きしめた。
クッキーのかけらが、
差し込む日差しに反射してきらきら光った。
「(陸)…好き…」小さく陸が言った。
「(陸)小沢君が…好き」
僕は床に膝をつき、陸の腕にそっと触れた。
ディズニー映画のコンチェルトのように、甘く優しいキスをした。
「(陸)…ごめんなさい」
唇が離れると、陸は僕の胸に顔を押しつけて言った。
「(陸)小沢君が好き。好きやけど…」
「(詩学)前の彼が、忘れられない?」
「(陸)…ごめんなさい」
「(詩学)あやまることない。気持ちって…あるよ。」
陸はびっくりしたように僕を見上げた。
「(詩学)何だよ」
「(陸)意外。
小沢君がそんなん言うなんて…冷たいのにな。いっつも」
ジョイが同意するように「ワン」と、吠えた。
僕達は顔を見合わせて笑った。
「(陸)ねえ、動物園に行ってみようよ」と、陸が行った。
「(陸)草薙水に、会えるかもしれへんよ」
僕はノートを見つめた。
「動物園襲撃計画」その言葉は、僕の心のどこかを強くノックしていた。
新年の初めの新月の夜に解き放たれる何かを、僕は見てみたかった。
「(詩学)いいよ。動物園に行こう」と、僕は言った。
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〈第18話
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