(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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空音・・・・・桂川千絵
森・・・・・・桑島法子
陸・・・・・・前田このみ
(Reading:桑島法子 as 勇魚)
私は勇魚。誰にも内緒で、私はもう二週間もデパートに住んでる。
パッヘルベルのカノンの旋律に乗せて、
デパートが閉館されるアナウンスが流れた。
翌日、私は目を覚ますと注意深くベッドを整え、デパートを後にした。
夕闇が細かな霧を携えて街に降りてきた。
デパートのてっぺんにある時計台に無数の灯がともる。
私は交差点の植え込みに座り、
通り過ぎてゆく車や着飾った人達をみつめていた。
冬の東京には雪がない。
過去や未来、流れてゆく時間すべてを隠してくれる白がない。
自分を守るには、街に溶けていくしかない。
私は立ち上がって、
白い大きなデコレーションケーキのように飾りたてられた
デパートに滑り込んで行った。
デパートに置かれているものは何もかもが新品で、
まばゆい照明を反射してきらきらと輝いていた。
私はエスカレーターを降りて、お菓子売場に向かって歩いた。
甘い香りがふわりと私を抱きしめる。
砕かれたチョコレートやキャンディが試食用のトレイに並べられていた。
私はその中の一つを口の中に放った。
あまあい…。今夜はこのデパートに泊まろう。と、私は思った。
私は物陰に身を潜めて人々が出て行くのを待った。
照明が消され商品には布が被せられた。
やがて、誰もいなくなった。
私は深呼吸をして通路に出た。
足音が高く響いた。
私は動きを止められたエスカレーターで、
5回の寝具売場まで上がった。
銀の止め具で飾られたベッドを選んで腰をおろした。
羽根の入ったクッションが一瞬だけ舞い上がり、沈んだ。
私は横たわり、目を閉じた。
そして、精神を集中させようとした。
でも、うまくいかなかった。
「(空音)あなたは…誰?」
不意に、誰かの声が頭の中によみがえった。
私は…誰だろう?
記憶を辿(たど)ると、誰かの目の中に映った私がいた。
笑ってる…。
青や黄色の魚達が通り過ぎてゆく…。
優しい目が私を見てる…。
森君…。
「(森)東京に行こうと思うんだ」
そう…森君はいつもここではないどこか別の場所を求めていた。
私は(を?)抱きしめている時でも、
森君は私ではない誰かの温もりを求めていた。
私は目を開けて、水のノートを取り出した。
水…水のことをうまく思い出せない。
苦しくて、せつなくて、壊れてしまう。
「動物園襲撃計画」死んでしまった水の冷たい体に触った翌日、
このノートが届けられて私の中の何かが失なわれてしまった。
森君…森君の声が聞きたい。
私の存在を揺り動かして欲しい…。
空は水のように澄みきって白い吐息を包んでいた。
ゴールデンレトリーバーを連れた知らない女の子が、
すれちがう時、にこっと笑顔を見せて、
「(陸)おはよう」と、言った。
…うれしかった。
もう一度、動物園に行ってみよう。
と、私は思った。
私の心は私がつくっていかなくちゃいけないんだ。
ラッシュにはまだ時間があるせいで、
プラットホームに人影は少なかった。
電車がやって来て、ドアが開いた。
私は右足を車内に滑り込ませた。
ふと顔を上げて、私は息をのんだ。
シートに森君が座っていた。
目をかたく閉じて眠っている。
森君の胸に寄り添うように、女の子が眠っていた。
指が繋がれていた。
私の後でゆっくりとドアが閉まった。
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〈第17話
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