夢から、さめない‐SCENARIO#16


(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
   ここに掲載するものです。このページの記載内容の全部及び一部の
   複製を禁じます。


第16話

     陸・・・・・・前田このみ
     詩学・・・・・前田このみ


(Reading:前田このみ as 詩学)

土曜の午後、 僕は初めて陸と待ち合わせをした。
校門を抜け右手に折れると、 大きな公園に続く銀杏並木道があって、 春のような穏やかな光がさしていた。
「(陸)小沢君っ」
後ろから、 僕を呼ぶ声がした。
振り返ると、 陸が真っ白なコートを着て立っていた。
「(詩学)ウサギみてぇ」 と、僕は言った。
「(陸)うふっ、 かわいいやろ」
陸は、 人指し指で、 頬にちょこんと触れた。
柔らかな、 蜂蜜色の尻尾がゆれた。
「(詩学)何? その尻尾」 と、僕が言うのとほとんど同時に、 陸の後ろから、 ゴールデンレトリーバーが勢いよく飛び出して来た。
「(陸)ジョイっていうねん。 小沢君のこと話したら、 会いたいっていうから、 連れて来てん」
「(詩学)犬がそんなこと言うかな?」
「(陸)言うよ、 言う、 言う。 だってほら、 小沢君に会うてむっちゃうれしそうやろ」
「ワンワン」 と、犬が吠えた。
公園のベンチに座り、 僕は陸の作ってきたサンドウィッチを食べた。
ハムには小さなチーズとパプリカが入っていた。
陸はパンくず集めて、 池のカモにあげた。
ジョイはおとなしく寝そべって、 時折、 僕を見上げた。
水面には水鳥が移動するたび、 わずかにさざ波が立ち、 そして、 ゆっくりと消えていった。
「(詩学)こういうの、 結構いいな」 と、僕は言った。
「(陸)寒いけどね」 と、陸は振り返って笑った。
薄く陽が陰ってきたので、 僕たちは立ち上がり歩き出した。
車の行き交う街の中でも、 ジョイは、 特に感じるものは何もない、 というような澄んだ目で、 てくてくと僕らの後をついてきた。
僕らは、 模試の結果を受け取りに、 予備校に行った。
窓口に向かう廊下を歩いていると、 陸が僕の上着の袖を引っ張った。
「(詩学)何?」
「(陸)ねぇーあの、 上位順位発表表に載ってるなんて、 小沢君? すっごい小沢君て、 頭いいんやね、 知らんかった」
「(詩学)大したことないよ、 もっと凄い奴だって大勢いるし」
「(陸)え〜、 あたし、 こんな凄い点数、 絶対取れへんけどな。 凄い奴って、 たとえばどんなん?」
「(詩学)草薙水」 と、僕は言った。
「(陸)誰それ、 変な名前。 なぁ、 友達なん?」
「(詩学)会ったことないんだ。 名前と、 答案しか見たことない。 でも、 何度試験受けても、 そいつにだけは勝てないんだ。 すげぇ、 数式の解き方するんだ、 ちょっと手が届かないくらいのさ」
陸は、 じっと僕をみつめていた。
僕は少し赤くなって、 口をつぐんだ。
「(陸)意外」
陸は微笑みを浮かべた。
「(詩学)何?」
「(陸)いっつもすましてるのにな。 かわいいな、 小沢君」
「(詩学)悪かったねぇ」
僕は、 陸の口を両手で引っ張って、 いー、 っとさせた。

夜、 陸からの電話が鳴った。
「(陸)まだ、 起きとった?」 と、陸は言った。
僕は、頷いた。
「(陸)今日は、 ありがと、 送ってくれて」
「(詩学)こちらこそランチをありがとう、 おいしかった。 料理上手だね」
「(陸)あんなん、 誰でもできるよ」
受話器の向こうで、 ジョイの蜂蜜色の尻尾がパタパタと揺れる気配がした。
「(陸)小沢君? あたしとおって退屈ちゃう?」
「(詩学)何で?」
「(陸)あたし、 このあいだ泣いてもて、 小沢君、 気使こうとったら悪いから」
「(詩学)僕は、 自分のしたいことしかしない。 君は全然退屈な女の子じゃないよ、 だって君の犬の名はジョイなんだろ」
陸は、 何も言わなかった。
でも、 僕は、 陸の存在が、 僕の領域に、 少しずつ歩み寄って来ることを、 静かに感じていた。


Copyright (c) 1996 MADARA PROJECT. All rights reserved.


第15話「夢から、さめない‐ストーリー」のページ第17話


kz-naoki@yk.rim.or.jp