夢から、さめない‐SCINARIO#14


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第14話

     空音・・・・・桂川千絵
     森・・・・・・桑島法子
     勇魚・・・・・桑島法子


(Reading:桂川千絵 as 空音)

私は停留所でバスを待っていた。
車道を走る車の数はいつもよりもずっと少なかった。
私はカーブに消えてゆく車のライトを眺めて、 さっきしたばかりの約束を思い出していた。
「(森)今夜、僕たちはもう一度、ここで会おう」
本当に? 会ったばかりの男の子とそんな約束をしてしまった自分が信じられない。
信じられないこと、それはもう一つあった。
昨日の夜、おにいちゃんが私の部屋に来て、 留学するかもしれないと私に告げた。
一年か二年か分からない。 「中欧に行って、言語学をやりたいんだ」と、おにいちゃんは言った。
突然のことで私は何も言えなかった。
予定より5分遅れてバスが来た。

放課後仲の良い女の子たちとよく立ち寄るティールームに、 私は一人で入った。
紅茶を注文して、私は「動物園襲撃計画」と書かれたノートを開いた。
ノートは右側だけが使われていた。
一ページ目には、動物園の侵入経緯について、と書かれていた。 全体の見取図や、獣舎の配置が記されていた。
章を追う毎に記述は細分化して、 それぞれの動物の性格や習性が記され、 日毎の夜警の人数や、 赤外線照明の位置や、 電子ロック解除のコマンドなども調べられていた。
このノートは何だろう? と、私は思った。あの男の子が書いた小説なのかなあ?
リアルに描写されたディテールが細分化される度、 物語全体がフィクショナルに変容していく気がした。
表紙裏に同じ文字で、草薙水、と署名がしてあった。
「(森)僕は水じゃない。水は僕の兄だよ。死んじゃったけどね」
彼の声がよみがえって私ははっと気付いた。 このノートは遺書なんだ、ということに。

私は窓際のテーブルに肘をつけて外を眺めた。
「(勇魚)ホットチョコレートとチョコカスタード」
気がつくと、隣に一人の女の子が座っていた。
この人見たことある。 細っそりとして、どこか植物を思わせるきれいな人だった。
注文した品を食べ終えると、 彼女はもう一度店員を呼んで、 今度はチェリーパイとバニラアイスクリームを注文した。
そう、彼女を以前この店で見かけたときも、 彼女はほんとにびっくりするくらい甘い物を食べていた。
それは食欲というよりも、何かの代償行為のように私には思えた。
彼女は悲しい横顔で、甘いケーキのお皿を見つめていた。
私は立ち上がった。 テーブルに軽く足をぶつけて、その反動でテーブルからノートが滑り落ちた。
「(勇魚)水のノート…」 隣のテーブルの女の子が、床に落ちたノートを見つめて言った。
私は驚いて振り返った。
「(空音/勇魚)あなたは…誰?」私達は同時にそう言って見つめ合った。
吸いこまれそうな大きな目に、私は引き付けられた。 あの男の子に…似ている。
その女の子はノートを拾い上げ、胸に抱きしめた。 「(勇魚)あなたは、森を知っているの?」
「(空音)森?」
「(勇魚)水の弟」
「(森)僕は水じゃない。水は僕の兄だよ。死んじゃったけどね」 と言う声が私の中によみがえり、こだました。
そして、彼女はひらりと立ち上がるとドアを開け、雪の中へ吸いこまれていった。


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