夢から、さめない‐SCENARIO#13


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第13話

     陸・・・・・・前田このみ
     詩学・・・・・前田このみ


(Reading:前田このみ as 詩学)

その週の最後の授業は、 音楽だった。
バッハの平均律がかかる中、 僕たちはこっそり単語帳をめくったり、 数式を解いたりしていた。
僕の前に、 二人の女の子が立った。 顔を上げると、 彼女たちは硬い表情で立っていた。
「ちょっと話があるんだけど……」
放課後の校庭から、 体育会系の連中が号令を掛け合う声が切れ切れに聞こえた。
二人のうち、 髪が短い方が、 グランドピアノの鍵盤に向かって、
「陸のことなんだけど、 あの子、 今週ずっと休んでるのよね」
僕は頷いた。
確かに、 彼女の姿をここ数日見ていない。
もうひとりの女の子が思い切ったように強い口調で、
「小沢君」 と言った。
「仕方のないことだって分かってるけど、 それに、 私たちが口出しすることじゃないかもしれないけれど、 でも、 ちょっと、 デリカシーがないんじゃないかな、 受験前なんだし、 陸の気持ちも考えてあげてもいいと思うの」
「(詩学)デリカシーって、 恵庭陸が休んでいることと、 僕のデリケートさと、 何の関連があるっていうのさ」
僕はちょっと、 プライドを傷つけられて言った。
「そんな言い方しないでよ。 少なくとも陸は、 本気だったんだから」
「先に告白したのは小沢君の方なんでしょう。 それなのに、 一方的に別れたいなんて、 ひどいよ」
「(詩学)ちょっと待ってよ。 オレ、 別に恵庭陸とつきあってないよ。 それ、 誰か別の人なんじゃないの。 神戸の彼氏とかね」
と、 僕は赤いダッフルコートのポケットにしまわれた、 携帯を思い出した。

夜になって、 電話のベルが鳴った時、 僕は受話器を取る前より早く、 それが陸からの電話だと分かった。
「(詩学)陸……」 と、僕は言った。
「(陸)うん……。 今日はごめんな、 小沢君。 さっちゃんら誤解してたみたい」
「(詩学)いいよ。 これって、 携帯から?」
僕は、 陸の声の後ろから、 かすかに響く鉄道の振動音を聞いた。
「(陸)そう……。 駅におるねん」
「(詩学)今から行く」
僕は、 陸の返事も待たずに、 電話を切った。

公園の中にある、 吹きさらしの小さなホームのベンチに、 陸はぽつんと座っていた。
僕の足音に気付く。 振り返って、 笑顔を浮かべた。
「(陸)心配かけて、 ごめんね。 でもOK、 全然平気」
「(詩学)目が腫れてる……」 と、僕は言った。
「(詩学)それから、 靴下が左右違うよ、 悪いけど」
「(陸)えっ!? これは……」
陸は、 恥ずかしそうに両手で頬をおさえた。
「(陸)……小沢君……、 意地悪やな。 知らん顔しといてーや」
野ばらのメロディに乗せて、 電車がホームに入ると、 アナウンスされた。
「(陸)乗らへんの? 寒いし」 と、陸は言った。
闇の奥に流れる景色を、 窓越しに眺めながら、 僕たちは並んで座った。
乗客はまばらで、 たいていはぐっすり眠り込んでいた。
電車は何度も停車しては、 ドアを開けたり、 閉めたりを繰り返していた。
その度に、 月が見えた。
「(陸)5年、 つきあってて、 中学の時、 おんなじクラスでグループ交際みたいにみんな仲良くって、 夏は花火したり、 おばけ大会したり、 海に行ったり、 すごく楽しかった……」
陸はうつむいて、 前髪を指に巻きつけていた。
僕は、 車両の連結部分を見ていた。
「(陸)あたしだけ、 東京来ることになって、 不安やったけど、 大学は東京行くからって、 約束してたし、 信じてて、 あたし」
「(詩学)僕は大学、 東京だよ」
陸は、 笑って首を振った。
「(陸)……ふざけんといて……」
「(詩学)違うよ、 口説いてるんだ、 チャンスだし」
陸は顔を上げて、 僕を見た。
「(詩学)僕と一緒に、 東京の大学に行こう。 それでいいじゃん」
「(陸)やさしく、 せんといて」
陸の笑顔がゆがんだ。
「(陸)あたし、 今めちゃめちゃやから、 今やさしくされたら困る……」
陸の目から、 涙が二粒、 零れ落ちた。
「(陸)あたし泣かへん。 あたし大丈夫。 大丈夫やからね、 小沢君。 こんなこと、 よくあることやし、 誰が悪いんでもないもん、 大好きやったんやもん、 それだけ、 もうあたし、 大丈夫やから……」
「(詩学)泣いていいよ」 と、僕は言った。
「(詩学)終わるまで、つきあうから……」
僕は、 シートに置かれた陸の手に、 僕の手をそっと重ねた。


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