(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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陸・・・・・・前田このみ
詩学・・・・・前田このみ
(Reading:前田このみ as 詩学)
試験休みの午後、
僕は新宿の書店で、
本の背表紙を見ていた。
僕は、
ヘルメットを陸の顔にかぶせた。
そして、
その中から1冊を選んで、
パラパラとページを送った。
「(陸)立ち読みは困りますよ、お客さん」
ふり返ると、
書店のエプロンをつけた、
恵庭陸がニコニコと立っていた。
「(詩学)なに? ここでバイトしてるの?」
と、僕は少し驚いて言った。
「(陸)うん。これから、配達に行くねん」
「(詩学)こんな大型店でも、配達なんてするの」
「(陸)そう。
このへん、小さい出版社とか、事務所とか多いし、
リーフレットとかいろいろ配るん」
僕は、陸が抱えている大きな紙袋を見て、何気なく
「(詩学)送ろうか? 俺、バイクで来てるし」
と、口にした。
陸は、
「(陸)あぁ、ほんま!!」
と、一瞬、大声を出した後、小首をかしげて、
「(陸)いいんですか? お客さん?」
と言って、にっこり笑った。
雲が幾重にも折り重なった灰色の空は、
今にも雨が降り出しそうだった。
「(詩学)急いだ方がいいな。寒いし」
と、僕は言った。
「(陸)え〜? 聞こえへん。風が強ーて」
と、僕のバイクの後ろから、陸は楽しそうに叫んだ。
陸は、上半身を思いきりそらしたり、
足をバタバタ動かして、はしゃいでいた。
僕は、バランスを取るのに必死だった。
いくつかのビルを回り、
陸の両手がようやく空になった頃、
雨が降り出した。
雨はみるみる勢いを増し、
コンクリートを染めていく。
降り返ると、
陸の前髪に真珠のような雨粒がちりばめられ、
頬は青く冷めていた。
僕は、
バイクを止めて、
適当に目に入ったビルのガラス扉の内側へ、
陸を連れていった。
交差点の黄色い信号が、
雨と、僕たちの白い吐息で、霞んで見えた。
赤いダッフルコートを着た陸は、
わずかにめくれ上がった上唇に両手をつけて、
暖をとっていた。
陸の視線が、何かをとらえて、睫毛が震えた。
「(陸)小沢君、あれ、見て」
と、陸はダッフルコートから指を伸ばした。
その先には新宿の高いビルの塔が、連なっている。
「(陸)分からへん? ねぇ、あれって、火事とちゃう?」
と、陸は息をはずませて言った。
確かに、薄闇の中で、赤い炎がキラキラと光るのが見えた。
陸がコマンドしたように、消防車のサイレンが鳴り出した。
「(詩学)火事だな。結構大きいね、都心だし」
と、僕は言った。
「(陸)火事って、初めて見た」
と、陸は言った。
「(詩学)僕だってそんなには見ない」
と、僕は言った。
「(詩学)でも、すぐ消えるさ、雨だしね」
陸は頷いて、しばらく黙って火事を見つめていた。
それから、僕の目を見て、
「(陸)今日は、送ってくれて、ありがと」
と、言った。
「(詩学)クッキーのお礼」
と、僕は言った。
「(陸)火事のオマケつき」
と、陸は笑った。
誰かが、雨の中を駆けて行った。
かえり水がはねた。
僕は、陸の視線を少しだけ意識して、表情を作っていた。
陸のあごに手をかけようとした時、
電話のベルが鳴った。
陸は、ポケットから携帯を取り出して、
「(陸)もしもし」
と、言った。
相手の声が聞こえたとたん、
彼女の頬が、ぱっと明るく輝いた。
花が咲くように。
彼女は携帯を抱きしめるように、
短い、とぎれとぎれの会話をしていた。
「(陸)今着いたん?
どこ?
東京駅。
えっと……山手線に乗ってね、
それから、えーと……」
「(詩学)井の頭線」
と、僕は言った。
「(陸)井の頭線」
と、陸も言った。
電話が切れた。
赤い炎はすでに消され、
灰色の煙だけが、
雲が途切れて、
金星が瞬く夜空にたなびいていた。
火事の終りを知らせる。
カンカンという音が響いていた。
「(詩学)これからデート?」
と、僕は訊いた。
「(陸)うん、まぁ、いちおう」
と、陸は言った。
赤いダッフルコートと携帯が横顔を遮って、
表情を読むことはできなかった。
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〈第9話
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