(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
ここに掲載するものです。このページの記載内容の全部及び一部の
複製を禁じます。
(Reading:桂川千絵 as 空音)
街を赤と緑と鈴の音とで彩りながら、クリスマスが近づいてくる。
数日後、私とおにいちゃんは映画を観に出かけた。
試写会のチケットがあったから。
その夜から、私はクリスマスを指折り数えて待った。
クリスマスイブは、みぞれ混じりの雨が降る寒い日だった。
ママが樅の木を買ってきた。
私は、クローゼットからオーナメントを取り出して、
金の星をそのてっぺんに飾った。
私はクリスマスが好きだった。
ママの焼いたローストチキンと白いチョコレートケーキの
甘く優しい香りを思い出すと、
今でも胸がきゅんと苦しくなる。
小さい頃、パパはサンタに変装して、
おにいちゃんと私に赤いリボンのかかった贈り物をくれた。
私とおにいちゃんは天使の扮装で、クリスマスソングをメドレーで歌った。
家族で過ごすクリスマスにおにいちゃんが参加しなくなって、
どれくらい経つだろう。
「今年は空音がケーキを焼くよ」
私がおにいちゃんに告げた時も、
おにいちゃんは「いいんじゃない」と、興味無さそうに言っただけだった。
「ローストチキンも、クリームシチューも作るんだよ」と言っても、
反応は同じだった…。
スクリーンの中では、
兄妹として育った二人がささやかな結婚式を上げていた。
草原の緑がきれいで、私は少し泣いた。
おにいちゃんは、慰めるように空音の手をぎゅっと握ってくれた。
「小さな手だなあ」と、おにいちゃんは言って、
指の大きさを確かめるように二本の指で輪を作った。
「クリスマスはどうするの?」と、私は小声でささやいた。
「かずひろたちとスキーに行く」と、おにいちゃんは言った。
「ケーキ焼くって言ったのに」私は両手を膝の上に揃えて置いた。
「プレゼント、置いとくよ」と、おにいちゃんは言った。
学校の帰り道、歩道橋の上からおにいちゃんの姿を見かけた。
おにいちゃんは、
雑誌に載っている可愛いジュエリーショップから出て来たところだった。
手にはリボンをかけられた小さな包みを持っていた。
「指輪だ」と私は思った。
映画館の暗闇の中で、
おにいちゃんが私の指で輪を作っていたことを思い出した。
おにいちゃんは私に気づかないまま、車に乗ってどこかへ行った。
もし、おにいちゃんがくれるものが指輪だったら。と、私は思った。
私は、それを何かの約束だと思ってもいいのかなあ?
「約束」その言葉は、きっと私がいちばん欲しいものだから。
私は、
私を受け入れてくれる場所が世界でたった一つだけでもいいから欲しかった。
もし、それをおにいちゃんが空音に贈ってくれるのなら、
空音は差し出せるものは全部あげてもかまわない。と、思っていた。
早朝の青い光が、私の部屋の細部をゆっくりと浮き出し始めていた。
音を立てないようにノブが回され、扉が細く開(あ)いた。
「おにいちゃんだ」
私は眠っているふりをした。
おにいちゃんは私の髪をそっとなでた。
それから、身をかがめて私の耳元に何かつぶやいた。
「おにいちゃん、大好き」と、私は無意識に言ってしまった。
枕元に大きな水色のテディベアが置かれていた。
「甘ったれの空音にはぴったりだろ?」と、おにいちゃんは言った。
イエス様の生まれたその朝、
家中に漂う甘いチョコレートケーキの香りの中、
私はおにいちゃんの腕に抱きしめられたけど、
私はまだ小さな妹のままだった。
Copyright (c) 1996 MADARA PROJECT. All rights reserved.
〈第7話
|「夢から、さめない‐ストーリー」のページ|
第9話〉