夢から、さめない‐SCINARIO#5


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第5話


(Reading:桂川千絵 as 空音)

私の宝物は透明な石。 もうずっと前から私の枕の下で眠ってる。
夜、ベッドサイドの小さなオレンジ色の明りの下で、 私はそっとその石を取り出しておにいちゃんの名前をつぶやく。

季節はずれの台風がやってきた晩、 パパとママは山口のいとこの結婚式に行っていた。
「本当は夜には戻るつもりだったけど、だめみたい」 と、ママは電話口で言った。
「心細いから帰ってきて」と私は言ったけど 「新幹線が止まってだめなんだ」と、パパが言った。 「大丈夫だよ。おにいちゃんがいるだろ。きちんと戸締りするんだよ」 と電話が切れた。
「えーん」 「何なの? 兄じゃ不満なわけ?」 と、いつの間にか後に立っていたおにいちゃんが、 面白そうに私を見下ろしていた。
「だって、おにいちゃん空音に意地悪するもん」 私は、口をとがらせて言った。
「しないよ。可愛い妹じゃないか」 と、おにいちゃんは私をひょいと抱え上げ、肩に背負った。
「やだ。やだ。やだ」 と、私は手足をばたばたさせたけど、おにいちゃんは口笛を吹きながら庭に出た。 強い風が私の髪を勢いよくからませた。
まくれ上がるスカートを押さえて、 私は必死でおにいちゃんの手から逃れようともがいたけど、 おにいちゃんは肩の上で私をぐるぐる振り回した。
「おにいちゃんのバカバカバカ! 降ろしてよ」 と、私が半泣きになった時、雨がパラパラと降り出した。 川の対岸にある大きなお屋敷の木々が、風でごうごうと揺れていた。
おにいちゃんは動きを止めて、私を抱えたまま下から私の顔をのぞきこんだ。
「空音はあの日から全然変わんないな」と、おにいちゃんは言った。 「小鳥みたいだ」
「しっかりつかまえててね、おにいちゃん」と、私は言った。
その日の夜遅く、おにいちゃんの友達が来て、 暴風雨の中をみんなでコンビニに行ったりして遊んでいた。
私が夜食にラーメンを作って持って行った時には、 ファミコン大会のクライマックスだったらしく、 おにいちゃんは空音を振り向きもしなかった。
「つまんないの」と、部屋に戻ってから私は言った。 パパもママもいないのに、私はいつもの時間に眠りに落ちた。

それからしばらくして、私はおにいちゃんの友達の一人とドライブに行った。 おにいちゃんも来ると言ったのに来なかった。
夢のようにきれいなベイブリッジを見た後、中華街でこはんを食べた。
その人は私とつき合いたいと上手に私を誘うけど、 私は悲しい気持でいっぱいだった。
家の前まで送ってもらった時、 その人は私に「好きな人がいるの?」と、たずねた。 「おにいちゃん」と、私は言った。
「空音ちゃんは、まだ子供なんだな」と、その人は笑った。
家に入ると、 おにいちゃんが大声で笑いながらロンドンブーツ1号・2号を見ていた。 そして私に「あいつ、いい奴だろ?」と、言った。
私はおにいちゃんがすごく憎らしくなって、後からおにいちゃんをけとばした。

私の宝物の透明な石は、川遊びをしていた時、 おにいちゃんが私にくれたダイヤモンドだ。
そこは大おばあちゃんのいる古い大きな屋敷の近くで、 屋敷には親戚が大勢集まって私のことを相談していた。
「空音、見てごらん。すごいよ僕、ダイヤモンド見つけたよ」 と、まだ子供だったおにいちゃんが、 声変わり前の透き通った声で私を呼び寄せた。
「空音にあげる」 と、おにいちゃんは私の右の手のひらに光るその石を差し入れた。
「これで空音は大金持ちだから、大人たちが何を言っても大丈夫さ」 と、おにいちゃんは言った。
私は泣いておにいちゃんにしがみついた。
「僕の妹だろ、泣くな」と、おにいちゃんは言った。
その石はただのガラス玉だったけど、それから私の一番大切な宝物になった。 そして、空音もおにいちゃんの宝物の一つになれた。って私は信じているのにな。


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