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陸・・・・・・前田このみ
詩学・・・・・前田このみ
(Reading:前田このみ as 詩学)
5月の第一週、大阪から転入生がやってきた。
僕の通う高校は単位制だった。
授業も比較的自分の好きなように選択できたし、
校則もゆるく制服もなかった。
夏休みをすぎた頃から、
恵庭陸を時折渋谷で見かけるようになった。
ある日、
授業をさぼって弁当持参で屋上に出ると、
恵庭陸が大の字になって寝ていた。
よく晴れた暖かい朝、
彼女は教卓の前にたって元気な大きな声で
「(陸)「恵庭 陸」です。よろしくおねがいします」といった。
微妙なイントネーションの違いがおもしろくて、
僕はウォークマンのヘッドフォンをはずして少し笑った。
クラスメイトといっても、
朝と帰りのS・H・R(ショート・ホーム・ルーム)に顔を合わすだけだった。
だから転入生が珍しかったのも、
はじめの2、3日だけで皆すぐその存在になれてしまった。
ただ恵庭陸は、時折以前の学校の制服を着ていることがあった。
白いえりの付いた、一見制服には見えない黒いワンピース。
でも僕達の学校の不文律として他人に干渉しないというのがあるので、
それを不自然なこととする風潮はなかった。
彼女はリラックスしているように見えた。
放課後ソフトボール部の白いユニフォームを着て、
やっぱり微妙なイントネーションで叫んでいる声を耳にすると、
僕はまたくすくす笑った。
古レコード屋やクラブや公園通りの路上で、
彼女は長い髪をきゅっと高い位置で結って、
短いスカートをはいていた。
遠くからでも彼女の足は結構キレイで、
悪くはないかな、と僕は思った。
何が? と、きかれても困るけど。
僕はあぜんとして、
彼女を見下ろした。
彼女はすやすやと規則正しい寝息をたてて、
気持ちよさそうに熟睡していた。
僕はしばらくの間、
黙って眠る恵庭陸を見ていた。
雲が移動して日が翳った。
僕は彼女のとなりに座り弁当を喰いはじめた。
ふと思いたって僕は眠っている彼女の口に卵焼きを差し込んだ。
彼女はむしゃむしゃとそれを食べた。
僕はおもしろくなって今度は人参のソテーを差し入れた。
彼女はまたそれを食べたが、
一瞬後、
ぱちんと目を覚まして「(陸)わぁっ」と飛び起きた。
「(詩学)おはよう」と僕はいった。
「(陸)…変な人」とちょっと間をおいて彼女はいった。
「(詩学)変なのは君だよ、
こんなところで大の字になって寝る女なんていない」
「(陸)あなた私を嫌いなんでしょ」と彼女は力無くほほえんだ。
「(詩学)何でそう思うの?」と僕はいった。
「(陸)だって私が何かいう度笑うじゃない。
私ちゃんと気がついているのよ。
それからいつも遠くから私を見てる。
冷たい目で」
「(詩学)嫌いじゃないよ」と僕はいった。
「(詩学)君のしゃべり方はおもしろい。
でも嫌いじゃないよ。
聞いていると楽しい音楽みたいだ」
「(陸)でも私をにらんでいるじゃない」
「(詩学)足を見てた。
キレイだから」
彼女は伸ばしていた足をぱっと引っ込めると短いスカートを思いっきり引っ張った。
顔が真っ赤になった。
「(陸)東京の男の子ってサイテーや…」と彼女はいった。
僕は笑った。
「(詩学)でも、
ほんとうにそう思ったんだ。
君の足も声も、
とってもキレイだ」
彼女はしばらく黙っていた。
それから小さな声で、
「(陸)信じてもいい?」と呟いた。
「(詩学)うん」と僕は答えた。
彼女が目を伏せたので僕はそのまぶたにそっとキスをした。
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〈第3話
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