(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
ここに掲載するものです。このページの記載内容の全部及び一部の
複製を禁じます。
陸・・・・・・・前田このみ
詩学・・・・・・前田千亜紀
(Reading:前田千亜紀 as 詩学)
「僕がいま着ているこの熊はね、お母さん熊なんだ。」
子猫ちゃんを連れて旅にでた僕
(小沢詩学、19歳。特技は昼寝。趣味は夜の散歩)
と僕のラブリー
(恵庭陸、絶品のティーンエイジャー、好きな物は向日葵の種)
は動物専門の精神科医
(そんなのってありなのかなあ?しかも熊の着ぐるみを着ている)
のトラックの荷台に乗りこんだ。
「どう思う?」
翌朝早く、車は山の麓に深い藍色の水をたたえる美しい湖のほとりに停車した。
すぐ側には観光客用に建造された小さな遊園地があった。
どこからか祭囃子の笛の音が流れ始めた。
それをたよりに暫く歩くと大通りに出た。
華やかな櫓が置かれ、
浴衣姿の人々が団扇や当てたばかりのよーよーを手にして
連なる縁日をひやかしていた。
動物の精神科医と称する熊の衣装に身をくるんだ彼は、
聴診器を鞄に仕舞いながら僕らに語りかけた。
抑揚を抑えた静かな声だった。
「(小沢、呆れたように)お母さん熊・・・・」
「そう、何故ってこの熊が生きていたとき、
彼女はその手に赤ん坊熊をつないで歩いていたから」
「熊って手をつなぐの?」
「比喩だよ、陸」 僕は陸の脇腹を肘でこづいた。
「そう、物語は隠喩から始まる。
つまりね、春が来て生まれたばかりでお腹を空かせた赤ん坊熊がいてね。
その子を連れた母親熊は、
なにか赤ん坊に食べさせるものを見つけようと人の住む村に出てきたんだ。
でもね、人間に見つかって捕獲されて、母親は射殺された。
その時、熊のまわりには爪でつぶされた57本の缶コーヒーが転がっていた。
赤ん坊はミルク代わりに缶コーヒーを飲んでいた。
哺乳壜を掴むように両手のなかに抱え込んで。
哀しい話だろ?
熊の赤ん坊はまだほんとに小さかったから動物園に引き取られたんだ。
僕はその赤ん坊に逢いにいくんだ。
赤ん坊は母親を求めてる。
僕はこの着ぐるみを通してそれを感じるんだ。
誰かが何かを求め、
失われた何かのために涙を流していることをね・・・・」
「そして動物園を襲撃するんだね?」
僕がそう尋ねると熊男は片目をつむって、僕らを彼の車に招き入れてくれた。
荷台といってもそれはかなり立派なものだった。
コンパクトな診察台と点滴用具一式、
移動図書館が開けそうな蔵書、
それから綿菓子製造機が置かれていた。
「全国を巡って、熊の赤ん坊を探しているんだ。
どこかの動物園にいるのは確かだけど、それが何処かわからなくてね」
熊の衣装を着た動物専門の精神科医と称する男は首を軽く左右に振って、
小型のピンボールマシンのような綿菓子製造機にコインを差し入れた。
振動音と共にピンク色のザラメが落ちてきて、
ふわふわした毛足の茶色の手のなかにある黄色と白のストライプ模様の棒に
するすると綿菓子が巻き付いた。
「すごい。魔法みたい。」
「ありがとう、お嬢さん」
熊男は陸にでき立ての綿菓子を手渡した。
陸が赤い舌でそれをおいしそうに舐めた。
真夏の夜に架かった月が、長い影を引き延ばしてそっと静かに揺らしていた。
僕は荷台に置かれたクッションにもたれ
ペーパーブックスをぱらぱらめくりながら陸に話しかけた。
窓の外に流れる街の灯は次第に遠く離れ、
水のせせらぎや深い木々の葉の奏でる風の音が走る僕達の側に寄り添い、
深まる夜を包んでいた。
陸な眠そうなとろんとした瞳を僕に向けた。
「どうって?」
「あの熊男だよ。怪しいと思わないか?」
「そう?
ちょっと変わってるけどいい人そうじゃない?
お菓子もおにぎりもくれたし、子猫ちゃんを治してくれたし・・・・」
「だけどさ・・・」
猫が甘えるように小さく鳴いて陸の胸のなかに滑り落ちた。
陸は綿菓子のような白い頬を子猫ちゃんにぴったりとくっつけて眠りに落ちた。
「僕をおいて眠っちゃダメだよ、陸・・・・」
僕は陸を起こさぬように小さな声で陸の耳元に囁きかけた。
車がカーブを曲がり、陸の体が僕の両手の中にこぼれた。
僕は陸を抱きしめて、髪を撫でた。
「なんで君は
僕を僕が一番行きたくない場所に連れていこうとするんだろうな・・・・」
「なにをするんですか?」
僕が尋ねると熊男は色とりどりの観覧車をバックに
「店開きだよ」と言った。
「子ども達に甘いお菓子を売って、動物園襲撃の費用を集めているのさ」
彼は荷台から綿菓子製造機を下ろし、
どこからかストリートオルガンを取り出してひき始めた。
入園した子ども達が歓声を上げて綿菓子を買いにきた。
陸の抱いている子猫は子ども達に大人気を博していた。
誰もが子猫ちゃんを抱きたがり、喉を撫でて、キスをした。
僕達はヒッチハイクと子猫の治療の礼に熊男の店を手伝った。
夕方が来て、僕達は彼と別れた。
「お祭りだ」陸はきびきびした動作で走り出した。
足首の銀のアンクレットがキラキラ光った。
僕達は金魚すくいをして、屋台で買ったやきそばをふたりで分け合って食べた。
「小沢君、歯にのりがついてる、」
陸は僕を指差して大きな声で笑った。
腹がたったけど、そんな陸はとてもかわいい。
彼女は僕の子猫ちゃんだ。
僕と陸は歩き疲れて公園の片隅に辿りついた。
「ここはどこ?」
「多分仙台のどこか。
陸、今日の晩は君はホテルに泊まるんだよ。
僕これしか持ってないから、安いとこになるけど」
「小沢君は?」
「僕は適当なとこで野宿するさ。
子猫ちゃんもいるしさ。
猫を泊めてくれるとこなんてないし」
「じゃあ陸もここに泊まる。」
「あのね陸、昨日も言ったろ?
君は女の子なんだからね」
「だって・・・・」
「なに?」
「陸は小沢君と一緒にいたいもん・・・・」
「陸・・・・」
「小沢君のばか。
陸の気持ちなんにもわかんないのね。
陸は小沢君と一緒にいたくて子猫ちゃんを連れて旅に出たのに・・・・」
僕は陸の上半身を右手で抱いた。
陸は子猫ちゃんの入った篭をそっと芝生の上に置いた。
夜の香りが漂っていた。
キスをすると、猫が小さく鳴いた。
僕は強く陸の体を引き寄せた。
陸の両手が宙に浮いて、それから僕の背中に廻された。
僕は彼女の髪をかきあげて耳の下にくちびるを寄せた。
陸の体温が僕の肌に優しく感じられた。
「・・・いや」
「どうして?」
「だって・・・ お風呂入ってないし」
僕は陸を抱いていた腕をほどいて、
苺のように真っ赤に染まった陸の頬をつついた。
「決まり。
僕のために風呂に入ってゆっくり寝なさい。
ホテルでね。」
僕は小さなビジネスホテルまで陸を送ってチェックインの手続きを済ませた。。
陸のいる部屋の明かりが灯るのを確認して、
僕は公園に戻り、
途中で銭湯に寄って体を洗って潅木の隅で眠りに落ちた。
Copyright (c) 1997 MADARA PROJECT. All rights reserved.
〈#2
|「子猫ちゃんを連れて旅に出よう‐ストーリー」のページ|
#4〉