(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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陸・・・・・・・前田このみ
詩学・・・・・・前田千亜紀
(Reading:前田千亜紀 as 詩学)
空には星が瞬きはじめていた。
太陽は完全に地平線の底に沈み、
巣に戻る鳥の群れが曲線を描きながら僕達の頭上を飛んでいった。
陸の影が長くのびて僕の影を優しく抱いていた。
夢の国の温度はいつでも体温と一緒だ。
熱い鼓動を打つ夜が深く流れ始めていた。
僕達は誰もいない国道を北に向かって歩いていた。
つながれた指にこぼれる月の光が木々の梢を照らしていた。
時折車が僕達の脇をすりぬけたが、
僕の差し出した親指に反応をよせる人間はいなかった。
ヒッチハイクは現実的じゃないかもしれない、と僕は思った。
陸には内緒で誰かにお金を送ってもらって、
電車にのったほうがいいかもしれないな・・・・・
月の光に照らされて熊は眼鏡越しの瞳を細めて僕らを見ていた。
僕は陸を僕の体で隠した。
僕達は熊の精神科医に猫を見せた。
「小沢君・・・ 怒ってる?」
「怒ってないよ」と僕はいって陸の肩に両腕を載せた。
「陸は僕の大切な女の子なんだから、怒ったりしてない。
でもね、ちょっと説明してくれないかな。
その猫はなんなの?
君はそれを何処まで連れてゆくの?
それでそこにはどうやっていくの?
第一、ここはどこだかわかってる?」
「この子はね、3軒隣の千絵ちゃん家の猫なの。
千絵ちゃんね、子猫が生まれたら友達にあげる約束してたんだって。
でもその友達、函館に引っ越しちゃったらしいの。
千絵ちゃん、とても困っててね、だから、あたし届けてあげようかなって・・・・・」
「その千絵ちゃんが自分で友達に届けてあげればいいんじゃないの?」
「だって千絵ちゃん、まだ5つなのよ。そんなの無理にきまってるじゃない」
僕はため息をついて陸を見た。
陸は無邪気でまっすぐな瞳で僕をみつめかえした。
僕は陸のそんなところが好きだった。
計算をしない、
甘い子どものような陸の世界は僕にとっては永遠に失われたものだったから、
陸を通してそれをかいま見れる瞬間を、
僕はなによりも大切にしていた。
「それで君が猫を届けてあげるって、その子に約束したんだね?」
「そうよ。
それに小沢君旅行したいっていってたじゃない。
夏休みだしさ、陸をどこにも連れってってくれないなんてラブリー失格でしょ?
ね、子猫ちゃんを連れて旅にでるなんて、なんかいいと思わない?」
僕は陸のくちびるに軽くくちびるを重ねた。
陸の頬が桜色に染まった。
僕は陸の細く引き締まった腰を抱き寄せた。
「陸・・・ 僕、お金ないよ」
「陸もないよ。
だからヒッチハイクしようかな、と思ってね、あのお姉さんにお願いしたの」
「あのね、こういうの冗談じゃないんだよ。
僕は男だからそのへんで野宿でもなんでもできるけど、君は女の子なんだからね。
たとえおねえさんでもしらないひとの車になんか乗っちゃだめだ。」
「ふふ・・・」
「なんで笑う?」
「やきもちやいてるの?小沢くん?」
「はぁ?」
「ばかね、陸はそんな軽くないよ、陸は小沢君のラブリーだもん」
陸ははじけるように微笑んだ。
僕は陸の頬を軽く叩き、リュックを肩に載せて歩き出した。
月が登り始めていた。
僕達は未踏の領域に歩き出そうとしているのだ。
「その猫の世話はどうするの?」
「それなら大丈夫。みて」
陸はリュックからつぎつぎといろんなものをとりだして僕に見せた。
「猫缶でしょ、猫のトイレの砂でしょ、ミルクでしょ、哺乳壜でしょ・・・・」
「陸・・・・」
「それにね、お菓子ならたくさんもってきたの」
僕はこらえきれなくなって笑い出した。
わかった、僕達は子猫ちゃんを連れて旅に出るのだ。
世俗の儀式から抜け出して、自由の進路を歩き始める。
僕達はまだ10代で、
たぶん青春と呼ばれる純粋さの結晶を手のなかに持っているのだ。
「小沢君、子猫ちゃんが変なの」暫く歩いたあと、思い切ったように陸が言った。
「変って?」
「なんだか静かなの。
さわっても鳴かないし、ミルクも飲まないの」
僕は猫を見た。
猫は籐の篭の底で浅く早い呼吸をしていた。
「疲れたのかもしれないね」
「どうしょう、小沢君」
「大丈夫だよ、少しすわって抱いていよう」
その時、僕達の後ろに一台のトラックが停車した。
荷台には熊やウサギの絵が描かれていた。
「君たち、なにをしているの?」
僕たちは運転席を見上げて息をのんだ。
そのトラックの運転席には、熊がいた。
「ああ、おどろかしちゃったかな。
ごめんね、これは着ぐるみだよ、心配いらない。
僕は三木・エリクソン・元幸。
動物専門の精神科医なんだ。」
「動物の精神科医?」
その時、陸の篭のなかで猫がか細い声をあげた。
「猫がいるの?」と熊はいった。
「大丈夫、すこし疲れているだけだから」と彼は言って、
栄養剤の注射を打ってくれた。
そして僕らにおにぎりとお茶をご馳走してくれた。
鮭マヨネーズのはいったおいしいおにぎりだった。
海苔からは潮の香りがした。
「君たちはどこにいくの?」と彼は訊いた。
「函館までヒッチハイクしていくの」と陸は言った。
そして陸は僕の止める隙を与えず熊にこう告げた。
「途中まで乗せていってくれませんか?」
「いいとも」と熊はいった。
「でも途中で動物園によるかもしれないけど、いいかな」
「動物園襲撃でもするんですか?」
「そうだよ、なんでわかるの?」と熊は不思議そうに僕を見た。
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