(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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第6話 サクリファイス
彼方に広がる空の下に、
僕達はふたりだけで存在していた。
「1999年に世界が崩壊するという古い予言のかわりに、
世界戦争が始まった。
でも、それは行われなかったとも言えるんだ。
「世界戦争」は「起こらない」というのがその完遂の形だから。
そのためのサクリファイスのために、
僕たちの所有するものが失われたとしても、
僕たちはそれを悼むことは許されない・・・」
しっとりとした夜気に包まれてわたしとおじいちゃんは古いレコードを聴いている。
その時、
私の部屋で電話が鳴る。
知らない声がわたしの名前を告げる。
「人魚、君は僕に夏をみたことがあるの?
と聞いたね。
あの雪に閉じこめられた放課後の教室で。
世紀末の1999年の7月、
終末の代わりに氷河期が訪れて、
新世紀は1年中冬に閉ざされてしまった、
と君は言った。
僕は君のいうことが、
一瞬わからなかった。
だって、
世界に氷河期なんて訪れていないし、
世界は冬に閉じこめられてもいないから・・・・」
「嘘・・・・」
「嘘じゃないよ、
人魚。
でも僕は君の語る物語が好きだった。
世界から夏が失われて、
琥珀に閉じこめられていたらいいと思ったんだ。」
僕は国境の壁の内側を歩く遠くの監視兵を眺めた。
柊の葉がさわさわと揺れた。
僕は手のひらの中の銃をみつめた。
「人魚?
僕の声が聴こえてる?・・・・・」
人魚は俯いて両手で顔を覆っていた。
彼女は幼く、
無垢で鍵がかけられている。
「千野君、
教えて。
1999年になにが起こったの?
あたし達はどうしてこの暗闇からでることができないの?」
「よくわからないわ、千野君。サクリファイスってなんのこと?」
「サクリファイスは犠牲という意味だよ。
そしてそれに選ばれたのが日本だった。
1999年7月、
世界の核ミサイルの銃口が一斉に日本に向けられた。
20世紀の終わりに繰り返された核実験の行き先がそこにあった。
日本は世界中から見捨てられたんだ。
日本は無条件に降伏した。
そこには犠牲があった。
そして日本は分断され、
世界のあらゆる国によって統治されることになった。
日本に唯一認められたのは返還されたばかりの北方領土だけだった。
日本はさきの大戦から半世紀の後にそれを手にして、
その代わりに全てを手渡した。
難民となった数百万の日本人が移住し、
そこにだけは自治権が認められた。
でも、
そんなのはみせかけだけだって、
みんなしってるけど。
それが僕達のいる、
この世界だよ、
人魚」
わたしは茫然として喋り続ける彼と、
その手に置かれた銃をみつめていた。
「南には夏があるのね・・・・」やっとのことであたしは言った。
千野君は黙ってあたしをみた。
「ここにも・・・ 夏はあるんだよ。
君が望むような太陽はないけれど、
雨が降る・・・・ それだけの夏がある。」
「千野くんは本当の夏をみたのね。
蛍やひまわりをみたことがあるのね。
ね、夏は綺麗なの?
琥珀に閉じこめられた青い花よりも、
綺麗なの?」
「見に行こうか?」と彼はいった。
「だって・・・ わからない。
ここからでていくことはできないんでしょう?」
「銃がある・・・」
「え?」
「国境をこえよう、
人魚」
「どなたですか?」不意に電話は切れる。
わたしは微かな不安を感じる。
おじいちゃんは黙って音楽を聴いていた。
地球から夏が失われてしまった、
と私に教えてくれたおじいちゃん。
暗闇から救出されたあと、
いくつもの施設を廻されて誰ともしれないあたしを引き取ってくれたおじいちゃん。
言葉をもたないあたしに音楽を教えてくれた。
おじいちゃんはずっと昔からこの土地にいた民族の生き残りだと誰かが話していた。
おじちゃんもあまり言葉を持ってはいなかった。
若い頃は別の言葉を喋っていたから、
日本語は下手なんだ、
といつか言っていた。
「おじいちゃん」、
とあたしは静かな声で言った。
「人魚ね、もう、知ってるの。ここにも夏があること・・・
人魚ね、夏をみるのが夢だった。
でも、
人魚はもう夏をみてたのね・・・・・ 」
おじいちゃんは私をみつめた。
おじいちゃんが造った木のいすがかしいだ。
「人魚」、
と優しい声でおじいちゃんは言った。
「大きくなったな・・・」
「なぁに?・・・」
「いつか話した眠っている鳥。
あれはなんの象徴だったか、憶えているか?
人魚」
「お寝坊な鳥?」
「そうさ・・・」
「眠っているふたつの鳥は、
まだ生まれていない魂・・・・」
「飛び立つ瞬間を逃すんじゃないよ、
人魚・・・・。
おまえを必要としてくれるひとのところに、
行きなさい・・・・」
私は頷くのが精いっぱいだった。
あたしは愛されている。
なんの代償も留保もなく、
ただ愛されている。
あたしがここを出ていくことをもうおじいちゃんはわかっていた。
そしておじいちゃんはわたしを閉じこめようとはしないのだ。
私は声もなく泣いた。
甘い、
子どもの涙を流した。
翌日、
郵便受けに差出人も消印もない手紙が届いた。
「”自分が所有するものからのみ、
人は快楽を得る自由を持つ・・・・それが自由というものの、
本質だから。
所有するものによってのみ自己を規定することが、
やがては人間の本質になるように”」とロシア語で記されていた。
それは間違いなく私を暗闇に閉じこめたあの男からの手紙だった。
彼は私を知っている。
そして私を琥珀のなかに再び閉じこめようとしているのだ。
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