冬の教室‐SCENARIO#5


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第5話 月の果てに解けるフィクション


世界戦争は地理的政治的な世界の戦争化であるとともに、 人間の生存の場としての世界の戦争化でもある。 その世界は文明の火によってひとたび全面的に覆われ、 それ以後世界には無垢なものなど何一つ残さず消え去ってしまった。
僕たちはそんな世界に生をうけている。

(人魚)
森の奥から爆発音や銃声、 機関銃の発射音が遠くこだました。 あたしはベッドに潜り、 耳をおさえて、 傍らに横たわる犬を硬く抱きしめる。 永遠に失われた夏の代わりに、 砲弾が私たちを取り囲む。 私たちは自分の意志をもてない。 この世界はすべて琥珀に閉じこめられた青い花と同じだから。 教室の外は降り続く雪と、 永く続く壁に覆われていた。 国境には監視塔が建てられ、 越えようとする者には死が与えられた。 あたしは永い間閉じこめれれた暗闇から救い出されて生きてきたけれど、 この世界そのものが金色に輝く琥珀だった。

私は迷いながら教室にたどりつく。 非日常的な銃声と、 千野君がゆっくりと教科書を読み上げる声が交錯して、 絡まりあう。 どちらが現実なんだろう? 彼の声が音楽に聴こえて、 あたしは無意識に指で机を叩く。 声はモーツァルトのアレグレット・グラツィオーソととけあって、 雨が降り出してゆく。
「雨が降るなんてめずらしいな」 とおじいちゃんは羊を追い立てながら呟くように言った。
「春がくるのかもしれない。 そして夏がきたらいいのに」
「夏がきたら氷が溶けて世界は水に覆われるだけさ」
夜になるとおじいちゃんはヴァイオリンを取り出して あたしのピアノにあわせて音楽を奏でる。 旋律のモティーフが繰り返されて、 あたしの不安は音楽に溶けて癒されてゆく。

「人魚、夏をみせてあげる」
小さな紙きれでつくった飛行機があたしの机の上に舞い降りてきた。 千野君は親指をだして片目をつむってみせた。 あたしたちは先生に気付かれないように教室を抜け出して廊下にでる。
「夏をみせてくれるって、 どういうこと?」
千野君は黙って人差し指を口にあてた。
私と千野君は白い氷原を手をつないで歩いてゆく。
私たちは閉鎖され閉ざされた遊園地の、 もう動かない観覧車に乗り込む。 千野君は観覧車のシートの下から小さなラジオを取り出した。
「どうしたの、千野君、それ」
私はびっくりしていった。 この世界では情報を受け取ることを禁じられていたからだ。 私たちはTVを持ってはいるけれど、 そこで流されるのは検閲を受けた番組だけで、 この世界の外の情報は何一つもたらされることはなかった。 そしてラジオの携帯は禁止されていた。 ラジオで外部の情報を傍受することのないように。 「聴いてごらん」と千野君は言ってスイッチをオンにする。 私は耳を澄ます。
「世界の天気情報が聴こえるでしょ? 耳を澄ませて、 人魚。 ほら、 まだ世界には夏がある・・・・」
私は千野君をみつめた。 彼は夏を知っている、 と私は思った。 彼はこの世界の外からきた。 そして、 彼は私の知らない何かを知っているんだ。
「人魚」
千野君は小さな声で言った。 そして彼のくちびるがわたしに近づいてきた。 私はうつむいた。 彼の左手が私の髪に差し入れられ、 私は彼に引き寄せられる。
「いや・・・」
「どうして?」
「私、こわい」
「僕がこわいの?」
「こわいの。  ・・・・だってわたし、 千野君のこと、 なにもしらない。 あなたは誰? あなたはなんのためにここにきたの? だって、 ここは世界の果てなのよ。 ここに入ってくる船はあっても、 出てゆく船はないの。 私たちは監視されて、 ただ生かされているだけなの。 そんな場所に、 あなたは何故来たの?」
尖った葉を持つ柊の真上に月が登り始めた。 千野君はわたしから離れて歩き出した。 彼の背中の彼方には空が果てしなく広がり、 目もくらむように澄み渡っていた。
「あたし、 千野くんが好き・・・
千野くんがあたしをほしいのなら、 全部あげる。 あたしは自分を惜しんだりしないもの。 でも千野君が本当に望んでいるものはなんなの? あたしはそれが知りたいの。」
「僕はなにも望んでなんかいない・・・・」
「千野君、 上着の内側になにを持っているの?」
彼はこたえなかった。 でも私はもう気がついていた。 彼が持っているのが冷たく硬い銃だということに。


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