東京星に、行こう‐SCENARIO#16


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第16話 自我の誕生は、死に至る病を引き起こす
     夢は裏庭の柵を越えて、海に続く
     (Title Call:桑島法子)

     あしか・・・・・桂川千絵
     朔・・・・・・・前田このみ
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子
     森・・・・・・・桑島法子
     喜佐・・・・・・前田このみ
     わか女・・・・・前田千亜紀
     ナツヲ・・・・・桑島法子
     珊瑚・・・・・・桑島法子
     勇魚・・・・・・桑島法子


(Reading:桂川千絵 as あしか)

庭に作られた池のほとりで、白いアヒルと鴨が寄り添って眠っていた。
「(朔)勇魚が死んだ時、ナオミの精神の一部は損なわれた。
彼女の心は分裂していった。
ナオミはわがままになり、形のあるものを全て残酷に壊していくようになった。
残された自分の命さえも‥‥」
「(あしか)朔さんは、ナオミちゃんを棄てたの?
だからナオミちゃんは行方不明になったの?」
彼は力なく首を横に振った。
「(朔)僕とナオミは病室で少年期を過ごした。
でも僕の病は癒され、ナオミの病は死に至る病だから、
‥‥彼女はその事実に耐えられない」
彼の震える声が水晶の鐘のような冷たい夜に途切れた。
「(あしか)ナオミちゃんに王国の鍵をあげたいな」
と私は言った。朔さんが怪訝そうに私を見た。
「(あしか)ナオミちゃんは、そう気がついていないだけで、
それを手にしていることを誰かがナオミちゃんに教えてあげられれば
‥‥いいのにな」


(Reading:豊嶋真千子 as ナオミ)

私は草薙先生のソファベッドの上に膝を立ててうずくまり、
胸の痛みと必死に戦っていた。
激しい鼓動に耳を澄ます。
心臓はあと何日動いてくれるのだろう。
手術を受けたくない、と告げると、草薙先生は力なく微笑んだだけだった。
「(森)ナオミ、僕は君の主治医だけど、もう僕には外科手術はできない。
メスを持つと、勇魚の声が聞こえるんだ。(勇魚)壊さないで、と。
君の命は君が決めなさい」
壊れかけのナオミの身体を壊さなくちゃ。
私は胸を押さえながら部屋を出た。
冷めた夜の空気に濡れたマンションの外階段を駆け降りて、
草薙先生のメルセデスに乗り込み、エンジンをかけた。


(Reading:前田このみ as 喜佐)

私はあしかとジョイを探しに庭に出た。
頭上に木々が揺れる砂利道を闇が覆っていた。
私はわか女さんの住む屋敷に向かう。
明かりが煌々と灯っている。
チャイムを鳴らす。沈黙が答える。私は扉を開く。
大きな広いホールの中央に、天蓋付のキングサイズのベッドが私を出迎えた。
「(喜佐)わか女さん‥‥眠ってるの?」私はベッドをのぞき込む。空だ。
チリン、と鈴の鳴る音がした。
「(喜佐)あしか?」私は廊下を抜けた。
短い階段を昇っては降りた。入り子細工のような家だった。
ある部屋の前を通りかかると、声が聞こえた。
私はドアをノックした。
きぃちゃん、と懐かしい声が聞こえた。父の声だった。
私はドアを開けた。父がテレビに映っていた。
父はまだ若かった。幼い私は腕に抱かれていた。
それは以前に放送されたテレビのドキュメンタリー番組だった。
インタビュアーの質問に父は淀みなく答えている。私を見て優しく微笑む。
その部屋は小さく、テレビと本棚しかない。
本の背を読む。父の‥‥小沢詩学の書いた物語が並んでいる。
ファイルを手に取る。父のために書かれた書評やインタビュー、 数々の記事の切り抜きがこぼれ落ちた。
((ナツヲ)僕とわか女は、君と小沢詩学の物語に憧れ続けているんだよ)
物語は続く、と父がつぶやく。
本棚の陰が動いた。
「(喜佐)誰?」
「(わか女)喜佐ちゃん?
‥‥喜佐ちゃん? あたし‥‥夢を見たの」と、わか女さんが言った。
「(わか女)お願い、この夢を朔に伝えて。
ナオミは海のそばで死の波に捉えられて、だけど朔を待っている。
ナオミは死ぬつもりで薬を飲んで眠ってしまった。
私はナオミの夢の中にいるの。お願い喜佐ちゃん、ナオミを助けて」
わか女さんの身体が私の中にくずれ落ちた。


(Reading:桑島法子 as 珊瑚)

あたしは夜の散歩に海に出た。
あたしの珊瑚のように赤い瞳の色をした、 美しい満点の星が頭上にきらめいていた。
沿岸にメルセデスが駐車していた。
「(珊瑚)珊瑚登場」と、あたしは爪でダッシュボードにサインした。
メルセデスが振動していることに、あたしは気づいた。 エンジンが動いている。排気パイプにゴムホースが繋がれていた。
あたしは車内をのぞき込んだ。
「(ナオミ)お喋り猫、大きくなったね。何してるの?」
ナオミが眠たげな目であたしを見た。
「(珊瑚)あんたこそ暇そうね。骨の番はもういいの?」
「(ナオミ)いいの。あんたにあげる。ナオミ、今から死ぬから。薬も飲んだし」
「(珊瑚)ふぅぅん。いいけど。でも朔は?」
「(ナオミ)朔‥‥最後に朔に会いたかった。 最後の‥‥恋人になって欲しかった。
でも、朔はあたしとは違う。朔は光に包まれて生きていって欲しい」


(勇魚)ナオミ、死を選んではだめ。あたしのように‥‥


(Reading:豊嶋真千子 as ナオミ)

朦朧とし混濁し始めた意識に、一条の光が差し込むのを感じた。
勇魚の声が聞こえる。
ナオミがナオミでいるだけで愛をくれた勇魚の声が、 お喋り猫を通してナオミの心に響き渡っていく。

(勇魚)ナオミ、傷つくことを恐れないで。
死に至る病に、精神をも侵されないで。
ナオミ、愛は目に見えない。だから信じて。

私はガラス窓のむこうにいるお喋り猫に、手を差し伸べようとした。
「(ナオミ)だめ‥‥ごめんなさい。ナオミ‥‥もう動けない‥‥」
猫がふわふわした前足でガラスを叩き続ける。
その音が、ナオミの耳からゆっくりと失われていった‥‥


(Reading:桂川千絵 as あしか)

私と朔さんは、ナオミちゃんを待つうちに眠り込んでしまった。
「(わか女)あしかちゃん、‥‥あしかちゃん、私の声が聞こえる?」
「(あしか)わか女さん? どこにいるの?」
「(わか女)起きて、あしかちゃん。そして急いで海に行って。
ナオミが壊れてしまう。お願い‥‥」
「(あしか)でもわか女さん、私‥‥目が覚めない。どうしよう、動けないの」
その時、傍らに眠っていたジョイが現実の音声を聞きつけて鼻先を上げた。
「(喜佐)ジョイ」
お姉ちゃんの声だ。
「(喜佐)ジョイ、庭にいるんでしょう? 返事をしなさい、ジョイ」
ジョイが大きく吠えて、喜佐ちゃんの声のする方向に走り出した。
私は目を覚ました。珊瑚ちゃんがいた。
「(珊瑚)にゃぉ‥‥」
珊瑚ちゃんの赤い瞳から涙が真珠の粒のようにこぼれ落ちた。
「(珊瑚)‥‥ナオミが死んじゃう。
助けたいけど、あたしには身体がないんだもん。
誰か、(勇魚)‥‥ナオミを救って。
ナオミをその腕で抱いてあげて」
「(朔)ナオミはどこにいるの?」と朔さんが言った。
「(喜佐)海よ」
裏庭の柵を越えて、喜佐ちゃんが現れた。

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