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第17話 青い瞳の花束 シエスタ
終わらない物語
(Title Call:桑島法子)
朔・・・・・・・前田このみ
わか女・・・・・前田千亜紀
あしか・・・・・桂川千絵
勇魚・・・・・・桑島法子
ナオミ・・・・・豊嶋真千子
森・・・・・・・桑島法子
珊瑚・・・・・・桑島法子
ナツヲ・・・・・桑島法子
喜佐・・・・・・前田このみ
(Reading:豊嶋真千子 as ナオミ)
もしも私の瞳が青い色ならば花束にしてあなただけ差し出すのに。
言葉は続く。音楽は鳴り響いている。
波がゼリィのように寄せてはかえした。
(Reading:前田千亜紀 as わか女)
私は天蓋付のベッドを解体していた。
(Reading:桂川千絵 as あしか)
うたた寝をしていると、珊瑚ちゃんが私の足元にすりよってきた。
「(あしか)あしかと一緒にお昼寝する?」
銀色の背中に触れると珊瑚ちゃんは伸びをして、私の腕に滑り込んだ。
「(朔)ナオミがいれば、それだけでいい」
あなたは誰?「(わか女)あなたは天使だったのね」 誰?
「(あしか)王国の鍵をあなたはもっているのに、気付いてないの?
朔さんはあなたが好きなのよ」
「(勇魚)ナオミ、死を選ばないで」勇魚、勇魚の声が聞こえる。
ほんとうに?ナオミ、生きていてもいいの?
私は目を開けた。集中治療室特有の大きな機械音が響いた。
「(森)気がついた?手術は終わったよ、ナオミ。」
「(ナオミ)草薙先生が手術をしてくれたの?
だって先生はもうずっと前からメスが持てなくなっていたのに‥‥」
「(森)お喋り猫に泣いて頼まれたんだ。」
滅菌されたマスクのすき間の草薙先生の瞳が優しくにじんだ。
「(ナオミ)先生、‥…お喋り猫は勇魚なの。
勇魚はお喋り猫の身体を通ってナオミに最期の癒しを与えにきてくれたの。」
「(森)わかってる‥‥ ((ナオミ)えっ)僕にも聞こえたんだ。ナオミ、
言葉と言葉の間に僕ははじめて勇魚の魂の声が、聞こえた。」
「(ナオミ)‥‥勇魚の伝言を聞かせて?」
「(森)命を救って、森君、と勇魚はいったんだ‥‥」
季節はいつのまにか夏へと向かい、そして秋の始まりへと移行していた。
窓から小鳥が病室に迷いこんで
白い包帯を巻かれたあたしの胸の上に朔が置いた
赤いぐみの実を啄んだ。
私は小鳥の動きを目で追った。
朔が点滴の管を通した私の手に優しく右手を重ねていた。
「(ナオミ)小鳥が赤い宝石を 食べてる‥‥」
「(朔)綺麗だろう? あしかちゃんに貰ったんだ。
ナオミにみせようと思って持ってきたけど、鳥のおやつになっちゃったね」
「(ナオミ)朔、あたしの胸がみたい?」
朔はうなずいて、包帯をほどいた。
「(ナオミ)また傷ができちゃった・・・・」
「(朔)綺麗だよ、ナオミの傷」
朔はあたしの胸をゆっくりとさぐった。
「(朔)僕は医者になるから。そして君の側にいるから」
「(ナオミ)ナオミは壊れものだよ‥‥」
「(朔)ナオミは壊れものなんかじゃない。ナオミ。
人はみな壊れていくものなのかもしれない、
だけど、壊れてもいい人間なんかいないんだ」
「(ナオミ)朔、ナオミの心臓はいつ止まるかわかんない。
ナオミは朔になにもしてあげられないよ。
こんなに赤く熟したグミの実なんてあたしは持っていないもの」
「(朔)ナオミがいればそれでいいんだ。どうしてそれをわからないの?」
涙が頬をつたった。朔がこぼれる涙をキスで掬ってくれた。
「(珊瑚)ナオミ、あんたは幸せになりな。」
お喋り猫が天空からの使徒のようにひらりと病室に舞い降りた。
「(珊瑚)ナオミ、死んでしまった勇魚の骨が囁く声を
あんたは耳を澄ませて聞いていた。
それは残されて分裂した勇魚の意思。
その一つは死に誘惑されるタナトス。
それはあんたの壊れてしまいたいという意思に共鳴して破壊を望んだ。
でも勇魚には生きていこう、
という意思だってあったんだ‥‥ それが あたしの声になったの。
あたしは猫だけど、言葉を喋れるようになった。
あたしは勇魚の二つの意思の間で揺れ動いていた。
でも、生きたいというあんたの声があたしには聞こえた。
…わか女の夢のなかであんたの魂をみつけた。
ナオミ、あんたが生きて行くことただそこに存在すること、
それだけで、朔も森君も、癒されてゆけるの」
「(ナオミ)あたしが生きてゆくだけで?」
あたしは朔を見上げた。朔がゆっくりとうなづいた。
「(朔)そうだよ、ナオミが好きだから。ナオミは僕を好き?」
「(ナオミ)朔、ナオミは朔が好き。ずっと、ずっと朔が好きだった…」
「(朔)ナオミ、君は僕を癒して再生させてくれる最初で最後の僕の恋人だよ」
朔はその腕であたしを抱きしめた。
「(珊瑚)おじゃましたわね」
それきりお喋り猫はあたしの前から消えてしまった。
さよならも言えなかった。
私と喜佐ちゃんはジョイを連れて川を下る水上バスに乗っていた。
乗客はまばらで、デッキにいるのは私たちだけだった。
私たちは誰にも見つからないようにこっそりと枕の結び目をほどいた。
白い鳩のような骨と投函されなかった父へも手紙が波にのまれていく。
私たちは手をあわせて祈る。
祈りが波に沈んで記憶だけが蘇る。死は生の内側に存在し続ける‥‥
水上バスを降りるとナツヲさんがたっていた。
「(ナツヲ)きぃちゃん、わか女はあの仕事をやめたよ。
わか女はもう夢はみない」
「(喜佐)だからなんなの?」ナツヲさんはかすかに笑って手を振った。
「(喜佐)閉店なんですってね」振り向くと喜佐ちゃんがいた。
私は南風が通り抜ける彼女の額を眩しい気持ちでみつめる。
聡明そうな印象が兄に似ていた。
「(わか女)喜佐ちゃん、私の母が兄さんを、
あなたのお父様を遺棄したことを許してください」
私は震える指を必死で隠そうとしていた。
「(喜佐)父はあなたを嫌いでした。」静かに彼女は言った。
「(喜佐)…父は幼いころあなたの母親の愛を受けずに育ったから、愛情を
うまく表現できなかった。自分の気持ちをつかむのが下手だった。
だから小説家になったのね。でも母はどんな時でも、誰にでも、
愛を与えることを惜しまなかった‥‥
母はあなたを好きでした。母の夢はあなたと父を和解させることだった。父の心にあなたとあなたのお母さんを許せる日が訪れて、
父が家族の呪から解放され、家族はその子どもたちに愛を伝えるためにいることを信じてもらえるようになれたらって‥‥
だから私達は東京に、あなたの家にきたの」
私は震えながら彼女に歩み寄った。
「(わか女)あの夜、ナオミの夢をみた夜、
喜佐ちゃんは私の伝言を朔に伝えてくれたね…」
「(喜佐)ええ」
「(わか女)‥‥あたし、嬉しかった」
彼女は微笑んだ。はじめてみる彼女の笑顔はとても眩しかった。
彼女は兄のいうように、光に包まれているように感じた。
「(喜佐)物語は終わらない、そう父がいったんです」
彼女は手を差し出す。
私は母のお墓の前にたっていた兄の声を思い出す。
私の名前を呼んでくれた、私を妹にしてくれた兄。
「(わか女)ありがとう、喜佐ちゃん‥‥」
私は彼女の手を握った。
「(あしか)最近、無口だね」私は珊瑚ちゃんの喉をくすぐる。
喜佐ちゃんの作っているおいしそうな晩ご飯の匂いが温かく漂っている。
窓の向こうをわか女さんが手を振って通りすぎてゆく。
詩集が風にめくられている。
安らかな風景。
「(あしか)珊瑚ちゃん、言葉と言葉の間になにが聞こえる?」
言葉は言い終えれば聞えなくなる。けれど祈りは残ってゆく。
祈りはただ言葉の整列ではなくて、魂の癒しと再生のために同時に存在する。
鳴り響く音楽のように。
珊瑚ちゃんは欠伸をして眠りにおちた。
珊瑚ちゃんはそれから14年生きていた。
でも、珊瑚ちゃんの声をきくことはそれきりなかった。
ナオミちゃんから勇魚の声が流れ出すことも、もうなかった。
私は今でも珊瑚ちゃんの夢を見る。
夢のなかでわたしと珊瑚ちゃんは王女様のように微笑んでいる。
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