東京星に、行こう‐SCENARIO#13


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第13話 壊れものとしての人間
     夜の中庭 宙を飛ぶ波に捉えられてゆく
     (Title Call:桑島法子)

     森・・・・・・・桑島法子
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子
     あしか・・・・・桂川千絵
     朔・・・・・・・前田このみ


(Reading:豊嶋真千子 as 森)

必然性ではなしに偶然性に不思議な力が満ちている。
ナオミが、僕が殺すことになった僕の勇魚と出会ったのは、 
ナオミが誰にしられぬことなく父親から凌辱を受けていた少女のころだった。
勇魚は体中の粘膜の至るところに無数の管をつけられて、
病室のベッドに横たわっていた。
「(森)勇魚」と僕が囁きかけると、かすかに前髪が揺れた。
「(森)手をだして」というと、指が開いた。
「(森)握って」というと、彼女の指はそっと僕の指にふれた。

その時の勇魚にできる動作は、たったそれだけだった。
声を放つことも、笑うことも、瞳を開けることさえ、 勇魚にはできなくなってしまっていた。
彼女の意識は彼女から離れ、身体の自律性は奪われていた。
「(ナオミ)草薙先生」 とナオミが人工呼吸器を通した勇魚の吐息に隠れる程の小声で僕に話しかけた。
「(ナオミ)この人は誰なの?」
「(森)最初で最後の僕の恋人」と僕は言った。
「(森)彼女を、ずっと探していたんだ。 永い永い間、僕は彼女だけを求めていた。 そして、偶然がピッチを塗った籠に彼女を入れて、 僕の立つ川岸に彼女を送り届けてくれることだけを信じていた。
‥…やっと、逢うことができた」
「(ナオミ)でも、この人は草薙先生が誰かわからないわ。
この人の瞳には、もう誰の姿も映らない。
それでも、愛してるの?」
「(森)愛してるよ」
「(ナオミ)どうして?この人は草薙先生になにも差し出せないのに」
「(森)ナオミ」僕はナオミの指先まで流れる黒く細い髪を撫でた。
「(森)人間は壊れものなんだ。どんな人間にも死の瞬間は平等に訪れる。
人は誰でも自者と他者の死を抱えて生きて行くんだ。
それは交換じゃないんだ。ナオミ、愛は差し引きできない。
愛は、ただそこに、存在する、それだけのことなんだよ」
「(ナオミ)愛は、ただそこに、存在する、それだけのこと」
ナオミは勇魚のかすかな白い指にそっと触れた。 勇魚の指がナオミになにかを囁くように揺れ動いた。
「(ナオミ)あたしは愛を知らない。
誰もナオミに愛をくれない。
ナオミは、誰も愛してない」
「(森)それじゃ、ナオミは寂しいね」
「(ナオミ)寂しい。ナオミは、愛を知りたい。
勇魚、ナオミに愛を教えて」
ナオミはうつむいて、勇魚の手に震える唇を寄せた。
涙がナオミの頬を伝った。
僕はこぼれるナオミの涙を掬った。
「(ナオミ)草薙先生、愛は何処にあるの?
ナオミ、誰かをいっぱい‥‥愛したいの」


(Reading:桂川千絵 as あしか)

真夜中を過ぎると、庭の木々が風に揺れる音に、ジョイが目を覚ました。
私は起き上がり、パジャマを脱いでシャツとスカートを身につけた。
ジョイが西に抜ける風の音に軽く唸り声を上げた。
「(あしか)大丈夫だから、黙って、ジョイ。朔が来ただけだから」
私はジョイの鼻先を優しく撫でた。
「(あしか)お願いだから黙って。お姉ちゃんを起こさないで」
ジョイは言うことを聞いて静かに私の手を舐めた。
私は2階からお姉ちゃんが起き上がった音が漏れてこないか、耳を澄ませた。 闇が流れて行く静けさの中、 ガラス戸の向こうに置かれた観葉植物が、 葉を閉じて眠る音だけが響いていた。
「(あしか)お姉ちゃん、ごめんね。
でも、あしか、どうしても王国の鍵を探しに行きたいの。
あしかには、とっても大事なことだから。
ね、ジョイ、おいで」
と私はいって、窓から夜の中庭に降りた。


(Reading:前田このみ as 朔)

(ナオミ)朔、どこにいるの?
どうして探しにきてくれないの?
朔だけをまっているのに

敷石道の続く夜の東京を海に向かって歩くと、 宙を飛ぶような波が僕の心を捉えてゆくのを感じることができた。 僕は空を見上げて月を探した。 散らばった猫の爪のように細く白い下弦の月が 都会のぼんやりと明るい夜の空に掛かっていた。

(ナオミ)朔、朔、きて
あたしを求めて あたしの胸の傷をみて

ナオミは失踪しては、繰り返し僕を呼び求めた。
その度に僕は彼女の呼ぶ声を手繰って 彼女を僕の手のなかに捉えようと必死になった。
でも、僕は本当にナオミを求めているんだろうか、と僕は感じ始めていた。 ナオミが求めているのは、僕なんだろうか。

(ナオミ)朔は 死ぬの?

「(朔)新月が近い‥‥」と僕は思った。

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第12話「東京星に、いこう‐ストーリー」のページ第14話


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