東京星に、行こう‐SCENARIO#11


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第11話 魂のはいった青い鳥籠 しきつめられた白い真珠 抱いて…
     (Title Call:桑島法子)

     わか女・・・・・前田千亜紀
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子
     勇魚・・・・・・桑島法子


(Reading:前田千亜紀 as わか女)

私はいつものようにベッドの横たわったまま銀紙に包まれた薬を2粒口にいれ、 冷たいグラスの水を飲んだ。
私が眠りを自分以外の誰かと共有し、 その人のまだ見ていない世界を夢に映し出す鏡となる、 ということを職業に選んで、
もうどれくらいになるだろう、と私は天蓋を眺めながらふっと考えた。
私は幾人の見知らぬ人の夢をみたんだろう。
どのひとの夢も、私には少しずつ悲しかった。
夢は失ってゆく現実を、受け入れていかなければならない時、
自分を壊すことがないように見る、幻想のリアルだから。
飛ぶ夢をみる人間には、翼を持つ日が永遠にこない。
だから、また夢をみる‥‥
私はパンを踏んだ罪を償いのために水底に沈んでゆくアンデルセンの童話のように、 薬がゆっくりと私を眠りに誘うのを静かに感じていた。

真珠をしきつめた夢の底に、
泣いている小さな女の子がいた。
あなたは誰?何故、泣いているの?と私は聞いた。
(ナオミ)あたしはナオミ、泣いているのは、あたしの世界に、誰も いないから、とその子は言った。
「(ナオミ)パパもママも、いないの
捨てられたの、あたしが壊れものだから」
人間はみんな、壊れてゆくものなのよ、
時間は一方方向に進んで、決して戻ることはないの
「(勇魚)そんなこと、信じないわ。
それじゃあ、ナオミにつけられた傷は、
スティグマになって彼女の魂に残ってしまう」
泣いている子供を庇うように、もう一人の少女が現われた。
あなたは誰?と私は訊ねた。
「(勇魚)わたしは傷つけられたナオミを護るためにうまれたの、名前は勇魚。
ナオミの父親はひどい奴だった。
自分の欲望のために、ナオミを利用したの。
ナオミは何度も、何度も父親に凌辱されたわ。
でも、ナオミは父親を嫌いにはなれなかった」
((ナオミ)パパは、優しいの、
ナオミが病気で苦しんでる時は優しくしてくれたの)
「(勇魚)でも、これ以上の苦痛にナオミの心は耐えられない。
ナオミはナオミに耐えられるだけの罪のない罰に耐えた。
でも、彼女は父親を嫌うことはできない。
そうしたら、ナオミの心は壊れてしまうから。

だから、私が生まれたの。ナオミが死に向かうことのないように。
そして、もういっかい、やりなおすの。
ナオミが素直な気持ちで生きていくことができるように。
生きていくことが好きになれるように、私がしてあげたいの。
ナオミをいっぱい甘えさせて、魂を再生させてあげたいの」
私は彼女の細い首筋をじっとみつめた。
向こう側が透けて見えそうに、それは青く、はかなかった。
夢のように。
「(わか女)でも、勇魚さん、あなたには身体がない・・・」と私はいった。
「(わか女)あなたは壊れそうなナオミの心を、
世界から隠してあげられる・・・
でも、ナオミは生きているのよ。
昨日から、明日に向かって、 過去から未来に向けて、変わっていくの。
いつまでも、子どものままではいられない‥…」
((ナオミ)朔、抱いて、
朔がしたいこと、何をしてもいい
あたしを抱いて)
私はナオミの囁きを悲しい気持ちで聞いていた。
この子は、一時の慰めを受けるために、自分の心を
傷ついた身体を含めて
すべてを差し出している。
でも、差し出すだけで、受け取りかたを、ナオミは知らない。
なにもかも剥奪されたままで、彼女は今まで生きてきたのだろう。
愛されてなにかを無条件に与えられた
経験を持たない。
「(勇魚)身体を通さないと、愛は伝えられないの?
ナオミ、あなたは‥‥私の心だけでなく、
あなたを抱きしめてくれる誰かの腕が‥‥欲しいの?」
勇魚がつぶやいた。
((ナオミ)痛いの、誰もいないことが、痛いの。
どうすれば、誰かがずっと側にいてくれるの?
ナオミがナオミでいるだけで、
愛してもらえるには、どうしたらいいの?
痛くしなくても、愛してくれるの?
ナオミ、いい子になりたい。
ごめんなさい、いい子になるから。
パパがしたいこと、なにをしてもいい・・・・・
でも、痛いのこわいの
優しい言葉が、ほしいの。
抱きしめて放さないと言ってほしいの。
‥‥‥もう、ひとりはいやなの。)
「(勇魚)身体がほしい・・・・・
抱きしめる腕がほしい。
私は声だけの存在。
抱きしめてあげることができない。」
勇魚の姿がきえて、声だけが遠く響いた。

激しい雨と雷鳴に私は飛び起きた。
ベッドには誰もいなかった。

私は混乱した。
私は夢を見ない。
生まれてから、一度も見たことが無い。
だから、この仕事を始めたのだ。
私は夢の案内人であり、鏡像なのに。
でも‥‥私は夢を見た。
今のは誰の夢なの?
私は、誰が見る夢を見たの?
「(わか女)‥‥ごほっ」
鼻と喉の奥が急にひりひりとむずかゆくなった。
「(わか女)猫がいる」
「(勇魚)そう、私がいるの」
部屋の隅に銀色に光る猫が私を見ていた。
「(勇魚)愛には、身体がいるの」と猫は言った。
夢が現実にまだ続いているという既視感に、私の心は揺れた。
「(わか女)あなたは、どこから来たの?」
「(勇魚)私は、ナオミの心の中に住みついたもう一人のナオミ、
勇魚の夢から来たの。
庭に埋まっている骨は、勇魚の骨。
私が堀りおこしたのも、ナオミが埋めたのも、勇魚の骨。
珊瑚の身体に宿ったものは、勇魚の魂」
と珊瑚色の瞳をした猫が言った。

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