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第10話 RAIN 降り続き、ほどけることのない世界の連なり
こぼれ落ちる沈黙
(Title Call:桑島法子)
朔・・・・・・・前田このみ
ナオミ・・・・・豊嶋真千子
珊瑚・・・・・・桑島法子
あしか・・・・・桂川千絵
(Reading:前田このみ as 朔)
雨が降り続いて3日目、僕は昼休みが終わっても
((ナオミ)朔、心臓って手のひらぐらいのおおきさなんだって。)
午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴ると、
「(珊瑚)朔はお勉強が好きなの?」
銀色の綿毛のような手触りが、幼い頃の優しい記憶を
(ここから豊嶋真千子さんでお願いします)
(Reading:豊嶋真千子 as 朔)
僕は熱いミルクティが冷める様子をじっと観察している猫を見ながら、
(Reading:桂川千絵 as あしか)
海の底を歩くような、降り続く雨のカーテンを抜けると、
なくした王国の鍵を探しに私も旅に出たいと、私は思った。
学食に残り、解剖学IIのノートをまとめていた。
教科書には、心臓の解剖図が記載されていた。
健康な心臓の働きを僕はノートに書き移していた。
出会った頃、病室の床の上で抱きあった後に、
ナオミはそういって、小さな手のひらを
僕の前でひらひらさせて笑った。
((ナオミ)あたしにはみえないあたしの内側のこんな小さななにかが、
あたしのしたいことも、いきたい場所も奪ってしまっているのね)
まばらに残っていた他の学生たちの姿は波のように引いていき、
僕の廻りに残されたのは、雨の齎すぼんやりとした静寂さだけだった。
不意に投げられた、
耳をくすぐるような甘い声に驚いて、僕は顔を上げた。
学食のテーブルの上に、お喋り猫がちょこんと坐って、
珊瑚の様に赤い瞳で僕を見つめていた。
僕はぎょっとして慌ててあたりを見廻した。
食堂の厨房の奥で、パートのおばさんが2、3人で、単調な動作で、
積み上げられた食器を黙々と洗っていた。
自動販売機が立ち並ぶホールの隅に、まだ残っている数人の学生達がいたが、
彼等の喋る声や、食器を洗う流水の音は雨に紛れてお互いの耳には届かず、
僕と喋る猫に気付いたり、
関心を払う様な人間は誰もいなかった。
「(珊瑚)あたしね、朔に逢いたかったの。
だから、ここまできたの。だって、朔はあたしのパパになったんだし」
「(朔)なってないよ、君のパパになんか」
「(珊瑚)なったもん、だって、ミルクくれたもん。
関係の糸は一度結ばれたら、ほどくことはできないの。
朔はあたしのパパなんだから、
あたしを可愛がる、言わば、義務があるのよ」
「(朔)喋るなよ、誰かに聞かれたら君のこと、説明できないし、
困るんだよ。だから、黙って。お願いだから」
僕はお喋り猫の頭を撫でた。
心にそっと呼び起こすのを一瞬だけ、僕は感じた。
「(珊瑚)んん‥‥ 喉 渇いた」少しの間の後、お喋り猫は言った。
「(珊瑚)朔、なにか冷たいものをあたしにご馳走してくれない?
そしたら、黙っていてあげても、いいわ」
やれやれ、なんだってこんなことになっちゃったんだろうな
「(朔)紙コップのミルクティぐらいしかご馳走できないけど、
いいかな」
「(珊瑚)ミルクと砂糖、増量でおねがいね」
僕はため息をつくと、立ち上がって、
自動販売機に向かって歩き出した。
コーヒーを飲んだ。
雨は降り続いていた。
空は灰色の雲に覆われ、地面は固く濡れたままだ。
どこからか名も無き鳥が黒い影だけを見せて通り過ぎた。
鳴き声だけがいつまでも残った。
僕は雨の中を彷徨う人影があることに気付いた。
ピンクの傘が幾度も同じ道を行っては戻り、時折、茂みの奥を覗き
込むようにしゃがみこんだ。
僕はドアを開いて中庭にでた。そして「(朔)猫を探してるの?」と訊ねた。
ピンクの傘の下から、幼い瞳が覗いた。
「(朔)お喋り猫なら、僕のところにいるよ」
「(あしか)朔 ‥‥さん、ですか?」と、彼女は言った。
いつのまにか僕の足元に近づいていた猫が
「(珊瑚)あしか」と彼女の名を呼んだ。
そこにあの人が珊瑚ちゃんを抱いて立っていた。
朔、と珊瑚ちゃんが呼ぶその人は白衣をきて、幾冊もの厚い本をかかえていた。
私達は、誰もいない教室で、3つぐらいの机をはさんで、差し向かいにすわった。
「(朔)猫を探しにわざわざ大学まできたの?」と彼は言った。
私は首を振った。
「(あしか)違うの、ここまでは、私と珊瑚ちゃんと一緒だったんです」
「(珊瑚)あしかも朔に逢いたいっていうから、一緒に連れてきてあげたの」
「(あしか)珊瑚ちゃん」と私は慌てて珊瑚ちゃんの口を覆った。
「(あしか)違うんです、私、これ還そう、と思って」と
私は背中に背負ったリュックから、彼の学生証を取り出した。
彼はあぁ、とつぶやいて、バツが悪そうに微笑んだ。
「(朔)お姉さんが、還していいって言ったの?」
「(あしか)喜佐ちゃんは‥‥ まだ‥‥
でも、私、学生証がないと、朔、さんがこまると思ったんで、
お姉ちゃんには内緒で、ここに来たんです。
だから、今日のことは喜佐ちゃんには内緒にして下さい」
「(珊瑚)あたしが喋る」と珊瑚ちゃんは言った。
「(あしか)だめ」と私は言った。
「(珊瑚)だって朔は一応あたしのパパとはいえ、
あたしたちの領分に勝手に入ってきたのよ。
あげくのはてにハッカ色に眠り薬なんか飲まされて、
朝まで起きないんだもん。喜佐が怒って、
いろいろ朔から取り上げても当然よ。
警察に通報しなかったんだもん、
あたしの寛大さにうんと感謝すればいいわ」
「(あしか)珊瑚ちゃん、言いすぎよ。
それにわか女おばさんが、このひとなら大丈夫だからって、
言ってくれてたじゃない」
「(珊瑚)わか女はちょっと、気が許せないとこがあるの」
「(朔)あの」と、私達の会話を遮るように彼が口を開いた。
「(朔)こないだの夜のことは、僕が悪いよ。
君のお姉さんが怒るのは当然だと思う。
僕は行方不明になったままのある人を探して、
君達の庭に無断で侵入した。
でも、その事を信じてくれただけでも、感謝してるよ」
その時、携帯電話の呼びだし音が鳴った。
私はしばらくの間、ぼんやりとコールの数を数えていた。
5回まで数えて私は慌ててリュックから携帯を取り出した。
「(あしか)あ、このベル、朔さんの携帯です。喜佐ちゃんが取り上げたやつ、
持ってきたんです」
彼が立ち上がるより速く、珊瑚ちゃんが私の手を払った。
携帯電話は教室の床に落ち、そのはずみで、声が受信された。
「(ナオミ)もしもし?朔?…あたし。
どうしてあたしを探しにきてくれないの?
あたし、待ってるのに。
朔だけを、待ってるのに」
それきり、電話は切れた。
沈黙が雨の周縁をゆっくりと濡らして、こぼれ落ちた。
「(あしか)私、一緒に探したい」と私は言った。
(朔)え?、と彼は顔を上げた。
「(あしか)行方不明のままの人を、朔さんと一緒に私に探させて下さい」と
私は言った。
東京という知らない異世界に、おねえちゃんと二人きりで舞いおりて、
私は何も持っていない。
私は私自身を見つけなくちゃ、たぶん何処にも行くことはできないから。
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〈第9話
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