東京星に、行こう‐SCENARIO#9


(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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第9話 お喋り猫の小さな冒険 他者と眠り
    その夢を物語るということ 僕達はお話、お話だ
    (Title Call:桑島法子)

     珊瑚・・・・・・桑島法子
     あしか・・・・・桂川千絵
     喜佐・・・・・・前田このみ
     朔・・・・・・・前田このみ
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子
     ナツヲ・・・・・前田このみ/桑島法子
     わか女・・・・・前田千亜紀


(Reading:桑島法子 as 珊瑚)

「(珊瑚)喜佐、あしか、眠ってる場合じゃないのよ、
庭に朔と骨が落ちてるんだから、起きて起きて、
急いで拾いにいこうよ」
と、あたしは青く塗られた窓から顔を出して、かわういあたしを
側におきたくてしかたない飼い主のあしかと喜佐を起こした。
あたしは四葉のクローバーのように貴重なお喋り猫。
名前は、珊瑚ってことにしといてあげるわ。
だって、あたしの瞳は珊瑚のように、真っ赤なの。
毛並みは銀色。
うまれたてで、ちいちゃい子猫よ。
ひとりぼっちで捨てられて、死にそうだったけど、
もう平気。
あしかの膝の上でぐっすり眠ったから。
ミルクもいっぱい、いっぱい飲んだし。

あたしとあしかと喜佐は萌え出ずる緑の木々に埋もれた庭に 降り立った。
朔が、眠っていた。
「(あしか)誰だろう、この人‥‥」というあしかの問に、喜佐は
「(喜佐)牛乳屋」と短く答えた。
「(喜佐)お喋り猫、あんたにあげたミルクは この子が配達しているミルクを盗んだものなの」と喜佐が言った。
「(あしか)お姉ちゃん、それ、ほんとなの?」と
あしかが驚いて喜佐を見つめた。
「(喜佐)この子、牛乳なんて、配りたくなかったのよ。もてあましてた。
だから、盗んだの」
「(珊瑚)ふうぅん」あたしは眠っている朔の顔に肉球をおしつけた。
朔の表情が歪んだ。
「(珊瑚)ミルクをあたしにくれたってことは、朔はあたしのパパね」
「(あしか)・・・・この人、朔っていうの?」
とあしかがおずおずと近づいてきた。
「(あしか)珊瑚ちゃんの、知り合い?」
「(珊瑚)パパよ。今決めたの」と、あたしは言った。
「(喜佐)馬鹿みたい」と、喜佐が言った。
「(あしか)なんか、この人、かっこいい‥‥
見て、お姉ちゃん、パパに似てる‥…」
あしかが朔の額にそっと触れた。
「(あしか)目をあけてくれないかなあ‥‥。
そして、わたしの名前を呼んでくれればいいのに‥‥。
この人がパパの生まれかわりで、王国の鍵を持っていたら、 もう泣かないのに‥‥」
「(喜佐)あんた、ばか?泥棒かもしれないのよ。‥‥起きなさいよ」
喜佐は朔のみぞおちを思いきり蹴った。
あたしはがじがじと朔の皮膚を噛んだ。
朔は薄く目を開けた。
「‥‥(朔、短いため息)」
「(喜佐)あんた、人ん家になんの用なの?」
と喜佐は言った。
喜佐の声の糸を手繰るように朔は目を上げると、微かに
「(朔)ナオミ‥‥?(ここは、このみ、真千子で声を重ねてください)」
とつぶやいた。
「(ナオミ)朔‥‥」
闇の奥に抑揚を持たないナオミの声がした。


(Reading:桂川千絵 as あしか)

東の空が明るくなりはじめていた。
珊瑚ちゃんが朔、と呼ぶ人が、薄く開いた瞳の奥に
私を映した。
朔、と呼ばれた人の瞳は、
なにか大きな経験をして、そしてそれを喪失してしまった、と
いうような悲しい予感を感じさせた。
彼は翼を広げる宗教画の天使のように
ゆっくりと起き上がり、優しく私を抱きしめた。
「(朔)君をずっと‥‥探していた‥…
ようやく 宝物を手にできた‥‥」
(前田このみさんへ 
上の台詞部分は朔ですが、男声で発声しないでください
平静の声で、優しく、詩を読むようにお願いします)
そして私の肩の上に重く頭を垂れて、
彼は再び眠りにおちた。
お姉ちゃんがまた彼を蹴ろうとしたけれど、
私は彼を抱いて離さなかった。
この人は多分、全然パパと関係のない人だけど、
パパと同じ言葉を私にくれた。
私を誰かと間違えたのでも、私はかまわない。
私はパパが私にくれた王国の幻想を守っていたかった。
時間が、ゆっくりと私を大人にしてくれるまで。
パパとママの死によってもたらせた不在の記憶が、
ゆっくりと癒されてゆくまで。
「(珊瑚)泣いてるの?あしか」と、珊瑚ちゃんが言った。
私は片手で珊瑚ちゃんを抱き上げ、私と朔と呼ばれた人の間に滑り込ませた。
「(あしか)珊瑚ちゃん、耳を澄ませて? 言葉と言葉の間に何が聞こえる?」
「(珊瑚)パパの心臓の音」と、珊瑚ちゃんは言った。


(Reading:前田千亜紀 as ナツヲ)

外の物音に僕は、目をさました。
僕は無意識に、純白のシーツにくるまって 傍らに眠るわか女の体を抱こうと腕をのばした。
そこにはなにもなかった。
そんなことは今まで一度も無かったので、
僕は一瞬ではっきりと夢からさめた。
「(ナツヲ)わか女‥…?」と彼女の名を呼ぶと、
「(わか女)ナツヲ」という彼女のやわらかな声が木霊した。
「(ナツヲ)どこにいるんだ、わか女」と問いかけると、
誰かの夢が、あたしを呼んでいるの、とわか女は言った。
「(わか女)ナツヲ、あなたはベッドに戻って、目を閉じていて
あなたの夢を手掛かりにして、私は進むから」
僕は仕方なく、深海に似た、眠りと覚醒の狭間に再び沈んだ。
瞼の裏に夢の光が霞んで、
それがゆっくりと移動していくのを見つめた。
「(朔)あなたは誰ですか?  ‥‥‥ここは どこですか?」
耳の内側から、はじめて聞く声がした。
「(以下、台詞部分 桑島法子)
(ナツヲ)僕はナツヲ、ここはわか女の夢だよ。そして僕の夢でもある‥‥
いや、厳密にいうとね、ここは誰の夢でもない、
(うん)((わか女)collective unconscious)
集合的無意識みたいなものかもね、‥…君は、朔?」
「(朔)そうですけど‥‥ どうして僕の名前を知っているんですか?」
「(ナツヲ)集合的無意識は個人的に獲得されたのではなく、
集合的、普遍的、あらゆる人々に同一の非=個人的な心の組織で、
全ての世界へ広がり、開かれているからさ
‥‥…君は迷ったんでしょ?
現実の世界でも、君は君のいる場所に異和を感じているんじゃないの?
君には何か、欠けている部分がある気がする‥‥
悪い意味じゃないよ、君は
((わか女)あなたは、自分以外の誰かを救おうとして、救えなくて、 そして自分を欠けさせてしまってる‥‥)
君はそんな風に見えるよ、朔」
彼は顔を歪め、右手で前髪をかきあげた。
「(朔)ナオミが‥‥」前髪で表情は読めない。
けれど朔は泣きだしそうに見えた。
「(朔)ナオミは死にたいんだ。
彼女は傷ついてる‥‥
父親に凌辱されたんだ。
ナオミの‥‥特殊な手術が、奇跡のように成功しても、
彼女の父親は、彼女の点滴に異物を入れたり、
体の見えない部分に、煙草の火を押し付けたり、
彼女を健常でない状態に、連れ戻してしまうんだ。
何度も、何度も・・・・・・」
「(わか女)なぜ‥‥何故彼女の父親は愛の代わりに傷を与えるの?」
「(朔)ナオミの父親は‥‥ナオミを強い呪縛の下に置いておきたかったんだ。
ナオミは特別な患者だった。
彼女が特別な患者である限り‥‥彼女の父親も特別な存在でいられた。
ナオミは、繰り返される父親の虐待に‥‥自分の心を失っていった。
ナオミは、父親の強い影響から‥‥逃れられない。
彼女は死のことばかり考えている。
そうすることが、自分を遺棄した父親をつなぎ止めるたったひとつの手段だから」
「(わか女)彼女はまだ…たった15なのにね」
「(ナツヲ)君はナオミを好きなの?」
「(朔)彼女は、僕の最初の恋人なんだ。
ナオミに未来をみせたいのに
ナオミを明るい場所に連れていきたいのに‥…」
「(わか女)泣かないで、朔」
わか女の気配が朔の涙にそっとふれた。
「(わか女)自分を責めないで、私があなたの夢を贖います。
朔、あなたに眠りと再生の場所をあげる…
‥‥泣かないで、朔。自分を愛して、愛を信じて ‥‥朔」


(Reading:前田このみ as 朔,前田千亜紀 as わか女)

僕たちは出逢う。
(わか女)お話しの内側で、(朔)リアルな現実の外側で
そして出逢いのなかで、僕たちはゆっくりと蘇生していく‥…

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第8話「東京星に、いこう‐ストーリー」のページ第10話


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