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第8話 天使も踏むを畏れる場所 永劫回帰という神話
「あなたは本当にあなただけの所有物なの?」
(Title Call:桑島法子)
森・・・・・・・桑島法子
ナオミ・・・・・豊島真千子
ナオミの父・・・前田千亜紀
勇魚・・・・・・桑島法子
わか女・・・・・前田千亜紀
(Reading:豊嶋真千子 as 森)
ナオミは有名な患者だった。
そして、僕はナオミの内側を切り開き、
ずたずたに切断された血管をつなぎとめた。
「(わか女)それがあなたの永劫回帰の神話なの?
彼女を生んだ女性は未成年で、父親は既に他に家庭を持っていた。
ナオミを生んですぐ、女性はナオミを置き去りにして姿を消し、
ナオミの父親はしぶしぶナオミを認知したが、
彼の家族はそれを受け入れず家族は崩壊し、
彼はそのことで、激しくナオミを憎んだ。
彼は彼女に心臓の障害があることを理由にナオミを病院に遺棄した。
ナオミの心臓は幾度も止まっては、また動いた。
彼女は病院の中だけを世界の全てとして育っていった。
彼女の心臓は特殊な壊れ方をしていた。
その事実が医学界だけではなく、マスコミを通じて
世間に知らされた。
彼女は美しい子どもだった。
人々は彼女に強く同情し、高額の手術費を寄付し、
彼女の回復を願った。
彼女の病室には政治家や、俳優、著名な文化人が訪れ、
新聞や週刊誌のグラビアを飾った。
その時、彼女を遺棄したはずの父親は病室に舞い戻り、
彼女の手を握り、にっこりと微笑んで写真に収まっていた。
彼女の手術は成功し、彼女は健康になるように思われた。
僕達の世界では永劫回帰の神話は存在しない。
ナオミの存在はあっという間に人々にとって
忘却の彼方に追いやられた。
しかし父親は一度で消えてしまい、
戻ることのない人生に耐えられなかった。
ナオミの病状は再び悪化した。
悲劇の運命の渦中に存在する、
という銀色にきらめくティアラを冠されたナオミに向けて、
テレビカメラが再び廻りはじめた。
ナオミの成長は遅く、
10才になっても彼女はまだ幼児のように見えた。
僕が医師として彼女に出会ったのはこの頃だった。
「(森)君がナオミ?」僕が名前を呼ぶと、
彼女は怯えたようにシーツにもぐりこんだ。
「(森)ショートケーキ食べる? 僕達、友達になろう」と僕が言った。
「(ナオミ)いや。パパが痛くするもの。
苺みたいにつぶされるもの」とナオミが言った。
僕は彼女のカルテを見て、奇妙なことに気付いた。
彼女は全身に、原因不明の打撲傷や擦過傷があった。
そして、心臓以外の健康な臓器の治療が行われていることを知った。
小箱の口のように、たった一方だけに開いた病室の扉を
ナオミは一日中見つめていた。
「(森)誰かを待ってるの?」回診の途中に僕がたずねると
「(ナオミ)先生、あたし、いつ死ぬの?」とナオミはぼんやりと言った。
「(森)ナオミは死にたいの?」
「(ナオミ)死にたい。死んだら、痛くないもの」
「(森)死ぬ時はもっと痛いよ。だからそんなこと思っちゃだめだよ」
と僕は言った。
小さな鳥が打ち棄てられて、はばたききれず地上に墜ちて行くように、
彼女の精神も身体も硬く、こわばっていた。
ある日、病室に悲鳴が響いた。
黄色やピンクの風船が飾られたナオミの病室が、
赤い鮮血で染まっていた。
ナオミが胸をおさえて、溢れくる赤い血をぼんやりとみつめていた。
ベッドの横に父親が立っていた。
右手に血に染まったナイフが握られていた。
警察の調べに対して、父親はナオミを刺したことを認めた。
「(ナオミの父)メディアに出れて、嬉しかった」と父親は言った。
「(ナオミの父)ナオミの父親、というだけで、成功者のように扱われて、
嬉しかったんです。
彼女を望んで手にしたわけじゃない、
((ナオミ)…望んで手にしたわけじゃない)
でも、一度経験した神話を取り戻し、
((ナオミ)でも、パパが好きだったの)
それを永遠に繰り返したい、
((ナオミ)痛くされてもよかったの)
という欲望に囚われてしまったんです‥…」
集中治療室で、ナオミの意識が再びナオミの身体に戻るまで、
清らかな白い鈴のような彼女の額をみつめていた。
意識が戻った時、
ナオミの人格は消滅していた。
「(勇魚)森君‥‥」
ナオミでない声がナオミの声帯からこぼれた。
「(勇魚)森君、あたし、勇魚‥…」とナオミは言った。
僕は衝撃を受け、テーブルに置かれた点滴のアンプルを床に落とした。
ガラスの破片が指にくいこんだ。
勇魚は、僕が殺した女の名前だった。
あなたは世界の果てに飛び立っても、その夢の地点に舞い戻って、
その夢を繰り返し見続けるのね」と眠り屋の女は言った。
「(わか女)私がその夢を買ってあげるから、
何も考えずに眠ってください」彼女は僕の髪に優しく指をさし入れた。
蜜を溶かしたような雨混じりの風が、
ガラス窓の外を静かに吹き抜けていった。
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〈第7話
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