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第7話 ナオミの中のもうひとりの勇魚 多重人格を含む乖離性障害
そうはいっても飛ぶのは やさしい・・・・
(Title Call:桑島法子)
ナオミ・・・・・豊嶋真千子
森・・・・・・・桑島法子
勇魚・・・・・・桑島法子
(Reading:豊嶋真千子 as 森)
巨きな飛行機が銀色の魚のように雲の奥に孔を穿って、
天空の星に紛れていった。
「(ナオミ)でも雲は私を乗せたメルセデスが通過した場所を記憶したりしないのね‥…」
とナオミは言った。
「(森)朔に逢ったの?」と僕は言った。「(森)元気だった?」
助手席に座ったナオミは黙ったままハンドルを握っている僕の手に頭を乗せた。
車が大きくカーブした。
車輪が中央分離帯をかすり、幾台もの後続車が警笛を高く、次々と鳴らした。
「(森)ふざけちゃダメだよ、ナオミ‥‥」
「(ナオミ)草薙先生、あたしいつ死ぬの?
死んだら、どうなるの?
魂って、食べられるの?
ショートケーキみたいに、赤い苺がのってるのかなあ。」
ナオミはハンドルの上の頭をくるりと半回転させて、じっと僕をみつめた。
僕はまだ15の透明な頬を手のひらで包んだ。
はだけたハッカ色のワンピースから、小さな胸がこぼれおちていた。
聖痕のような傷跡がみえた。
僕がつけた傷跡だった。
僕はその胸に指を滑らせた。
「(ナオミ)う‥ううっ‥」
「(森)痛いの?痛み止めを打とうか?」
「(ナオミ)痛くたって、いいの。草薙先生、もっと私の胸にふれて、痛くして。‥‥現実の痛みの方が、痛みの予感よりこわくないから」
車の振動がはりつめた夜の空気を響かせていた。
赤い唇の薄い隙間から覗く、ナオミの並んだ蕾のような白い歯が震えていた。
(「(勇魚)森君‥‥」)
僕は路肩に車を止めて、後部座席におかれた鞄から急いで注射器を取り出し薬品を装填した。
高速を流れる車の赤いテイルランプがナオミの瞳孔に鈍く反射していた。
ナオミは息をのんで、僕の指に挟まれた注射器を見た。
ナオミの顔が恐怖に歪み、全身が固く硬直し始めた。
(「(勇魚)森君、やめて」)
あれが、きている、と僕は思った。
ナオミの中に眠っている、もう一つの人格が、目覚めようとしている‥…
僕はナオミの腕を掴んだ。
ナオミの細い肘の裏側には注射跡が青く、痣になって残っていた。
「(ナオミ)いやっ‥‥、もう痛いの、いや…」
(「(勇魚)壊さないで・・・」)
ナオミはあえぎながら僕の手を拒んだ。
「(ナオミ)いや・・・もうこれ以上、あたしを侵さないで‥‥
パパ、ごめんなさい、ナオミ、いい子になるから…」
(「(勇魚)壊さないっていったのに‥‥」)
「(森)ナオミ、ナオミ落ち着いて、僕だよ、よく見て。
君のパパじゃないよ」
僕はナオミの顔を覆っている長く細い髪を右手でかきあげ、
左手で身体を抱いた。
「(ナオミ)パパ・・・・? 朔‥‥?」
「(森)ちがうよ、僕だ。君の主治医の、草薙森だよ。ナオミ」
と、僕はいった。
「(ナオミ)草薙先生‥‥?」
ナオミは風に吹かれた花が花冠を揺らすように、
ぼんやりと僕を眺めた。
僕はナオミの目を捉えようと必死で彼女を見つめた。
「(ナオミ)先生‥‥ パパが痛いことするの
ナオミが、悪い子だから
ナオミ‥‥ パパが好きなのに。どうして‥‥
パパ・・・・ パパ、いや、いや、いや
ナオミを侵さないで・・・・!」
そして次の瞬間、
ナオミは自らその身体の奥深くに意識を沈めた。
僕はナオミの世界が閉じられたのを感じた。
そして、勇魚が現われた。
「(勇魚)壊さないって言ったのに、嘘つきね、森君」
と、ナオミの中に眠っていた勇魚が、囁いた。
「(森)勇魚、僕はまたナオミの中から君を呼んでしまったんだね」
と僕は言った。
「(勇魚)変わってないわね、森君。
あなたは自分の気持ちの揺れを
他者の内面にすぐに逆転移させてしまうの」とナオミの姿のまま、
本来ナオミが過ごすはずだった思春期の人格である勇魚が言った。
「(勇魚)森君、この子は、ナオミは傷ついているのよ。
この子は父親から虐待を受けていた小さな子供の時のまま、
精神の成長を止めてしまったの。
ナオミが受ける痛みは、私が受けとめる。
私はそのためにナオミの精神が作った、もう一人のナオミの人格なんだもの。
彼女の文章(センテンス)の終わりには雨が降り続いているの。
結び目は、ほどけたままなの。
だから森君、あたしはこの子の聖域(サンクチュアリ)を護るためにここに来たの。
あなたは、ナオミを護ってくれるわね?
森君、耳を澄ませて。
あたしの声を(「(ナオミ)あたしを侵さないで」)
声を聞いて?‥‥‥」
「(森)聞いているよ、勇魚。君の声をね‥…」
と僕は言って、ナオミの身体を強く、つよく抱きしめた。
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