東京星に、行こう‐SCENARIO#6


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第6話 皮膚の下の鼓動する内蔵 ハルシオン
    月の裏側に溶けていく足音(Title Call:桑島法子)

     朔・・・・・・・前田このみ
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子
     珊瑚・・・・・・桑島法子
     あしか・・・・・桂川千絵
     喜佐・・・・・・前田このみ


(Reading:前田このみ as 朔)

ナオミの胸の鼓動は不規則で、
時折夜の虫の羽音のような雑音が交じっていた。
「(ナオミ)あっ・・・・」
ナオミは苦痛に身をよじった。
柵の向こうを誰かが大声で話しながら通り過ぎて行った。
「(ナオミ)携帯…」ナオミは吐息と一緒に囁いた。
「(ナオミ)携帯の電波が時々あたしの胸の機械と呼応するの ‥‥痛いの」
僕はナオミの胸から顔を離して、彼女を見つめた。
「(朔)痩せたね」僕はいった。
「(朔)ナオミ、病院に戻ろう、戻って手術を受けよう?
このままじゃ君は‥‥」
「(ナオミ)手術?この傷跡をもう一度切り裂くの?朔、傷に触って?」
僕は言われるままナオミの胸の傷に手のひらを置いた。
まだ15のナオミの胸は、ほとんどなんのふくらみも持たなかった。
傷跡はスティグマのように彼女の身体の上に記されていた。
「(ナオミ)その皮膚の下には内臓があるなんて、信じられる?」
と、ナオミは言った。僕は曖昧に首を振った。
「(ナオミ)…‥機械の音を聞くのは、もういやなの。
壊れかけていくものは
自然に壊れて行くほうが、いい時もあるもの」
「(朔)ナオミ、君は壊れてなんかいないよ だから…」
「(ナオミ)抱いて、朔…
壊れそうで、こわいの。
抱いて 抱いていて ‥‥あの頃みたいに」
「(珊瑚)あんたはそんなにしおらしい女じゃないはずよ」
振り返ると大きな犬がエニシダの繁みから顔を出した。
ゴールデンレトリバーだった。
背に喋る猫が乗っていた。体は泥にまみれて、
銀色の毛並みはささくれだって汚れていた。
「(珊瑚)ねぇ聞いてよ。この女はあたしを土に埋めようとしたのよ。
信じらんない。口封じってやつをしようとしたのよ。
あたしがハッカ色の骨を見つけたから」
「(朔)骨?」僕は言った。
「(珊瑚)そう、あたしね、ハッカ色の埋めた骨をみつけちゃったの。
賢いし、勘の鋭い猫だから、あたし」
「(朔)骨を埋めたって… ナオミ、この猫は何を言ってるんだ?」
ナオミは胸を抑えて上半身を起こした。
雲が切れて月光が藤(ウィステリア)の棚から差し込んだ。
ナオミの腕に無数の爪痕が残されていた。
「(珊瑚)あたしの爪痕」と猫が言った。
「(ナオミ)首をしめたのよ」とナオミは言った。
「(ナオミ)骨を掘り返されたから、カッとして、首をしめて、
ぐったりしたから土にうめたの。
・・・死んだと思ったのに」
「(珊瑚)死んでないもん」
蜂蜜色の尻尾をした大きな犬が、猫の体をなめた。
「(朔)ナオミ、骨ってなんのことだ? ‥‥誰の骨なんだ?」
「(ナオミ)死んだ人の、骨‥‥」
ナオミは歌うように言った。
「(ナオミ)朔? 誰の骨か知りたい?
だったら、キスして」
僕はナオミを見つめた。
残酷な美しさが挑発するように僕を捉えた。
「(ナオミ)こわい?朔」
僕はナオミの小さな顎に指をかけ顔を近づけた。
ナオミの唇が開いた。
口の中に異物を感じて僕は目を開けた。
ナオミが歪んだ表情で僕を見ていた。
「(朔)何か ‥‥飲ませたな?」
「(ナオミ)大丈夫、ハルシオンだから。お酒、飲んでないでしょ?
すぐに目がさめるわ」
ナオミは立ち上がった。素足に草の青が映っていた。
「(ナオミ)朔、あの骨が土に還るまであたしはもう一度胸の傷を
開くことはしない。
その前に心臓を動かしている機械が止まることになっても、
あたしは、いいの。‥‥骨が増えるだけだもの」
「(朔)あれは、人間の骨なのか?」
僕は遠ざかる意識のなかでつぶやいた。
「(ナオミ)そうよ、人間の骨」と、ナオミが言った。


(Reading:桂川千絵 as あしか)

猫が眠っていた私を揺り起こした。
「(珊瑚)眠ってる場合じゃないのよ、骨と朔が庭に落ちてるんだから。
急いでひろいにいこうよ」
「(あしか)骨と朔?」
私はぼんやりとした頭で猫を見た。
珊瑚のような瞳が赤く揺れていた。
「(喜佐)あしか、庭に誰かいる‥‥」
お姉ちゃんが階段を降りて私の部屋の窓から
外を眺めた。
「(喜佐)さっきから物音がしてた」
「(珊瑚)だからぁ、骨と朔がいるのぉ」と猫が言った。
「(あしか)私、見てくる」私はカーディガンをはおると庭に飛び出した。
「(喜佐)待ちなさいよ、泥棒だったら、どうするの?」
お姉ちゃんが私の腕を掴んだ。
「(あしか)武器、持っていこうよ。」私は言った。「(あしか)金属バット」
私たちは金属バットとシャベルを持って庭にでた。
私達の離れから死角になっている藤棚の下に、見知らぬ若い男が
横たわっていた。
「(あしか)死んでるの?」
と私は小さな声でお姉ちゃんに訊ねた。
「(喜佐)寝てる‥‥」とお姉ちゃんは言った。
「(あしか)誰だろう、この人、」と私がつぶやくと
「(喜佐)牛乳屋」とお姉ちゃんは言った。

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