東京星に、行こう‐SCENARIO#4


(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
   ここに掲載するものです。このページの記載内容の全部及び一部の
   複製を禁じます。


第4話 私が妹だった頃 埋められた骨
    犬は吠える、がキャラバンは進む(Title Call:桑島法子)

     わか女・・・・・前田千亜紀
     あしか・・・・・桂川千絵
     喜佐・・・・・・前田このみ
     ナツオ・・・・・桑島法子
     珊瑚・・・・・・桑島法子
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子


(Reading:前田千亜紀 as わか女)

「私の母は私が5才の時に死んだ。
冬のある日、誤って海に落ちたのだ。
母は優しい人だった。
毎晩私は母に抱かれて眠った。
母が死んだ日を境いに私は一人で眠るようになったけど、
泣いて父を困らせることはなかったと思う。
子どもにも死をファンタジーではなく現実として知覚し、
それを受け入れてゆける心があるのだから。
父に手をひかれ、母の何回忌目かの墓参りに行った時、
見知らぬ男の人が白い花を携えて母の墓石の前に立っていた。
小沢詩学です、とその人は言った。
母の前の夫の息子です、はじめまして、お父さん。
父はうつむいたまま兄に頭を下げた。
兄は聡明な額をし、大きな手を持った人だった。
彼はその大きな上半身を折って、私の耳元に顔を寄せるように
かがみこんで私の名前を訊ねた。
私が名前を言うと、お母さんによく似ているね、と微笑んだ。
その時まで兄の存在を知らなかった、という後悔に似た思いに、
私は長い間囚われていた。
そのことを以前恋人だったナツオに打ち明けると、
彼は流れる景色を見ながら
犬は吠える、がキャラバンは進む、とだけいった。
どういう意味? と訊ねると、細かいことを気にやむな、と言った。
そして今年の春に、兄は死んだ。私はもう妹ではなかった。


(Reading:前田このみ as 喜佐)

「(あしか)この猫、珊瑚みたい、瞳が真っ赤で、
ねぇお姉ちゃん、ママの持ってた指輪みたいだよね」
と妹はいった。
「(喜佐)じゃあ、珊瑚っていう名前にすればいいじゃない」と私は言った。
「(あしか)そうする」とあしかは眠る猫の背中をそっと撫でた。
午後になって喋る猫と妹は寄り添ってぐっすりと眠っていた。
私は離れの扉をあけ、新緑の繁る中庭にでた。
「(喜佐)ジョイ」私は犬の名前を呼んだ。
ジョイは母がまだ10代の頃から飼い続けている老いた犬だ。
蜂蜜色の尻尾はまだふさふさと波打っているけど、
歯はほとんどぬけかけている。
「(喜佐)ジョイ?」と私はもう一度犬の名前を呼んだ。
黄色い花をつけたエニシダの葉が揺れた。
「(喜佐)ジョイ、散歩にいくわよ・・・・」
「(ナツオ)君の犬?」
薄い茶色の長い髪をした見知らぬ長身の男が
しゃがみこんでジョイにクッキーをあげていた。
歯が悪いせいで、クッキーは大部分草の上にこぼれてしまっていた。
「(喜佐)ジョイ、知らない人から食べ物をもらったらダメって
いつもいってるじゃない!」
私の大きな声にジョイは慌てて振り返り、私の足元に走りよって来た。
「(ナツオ)ごめん、でも毒じゃないよ」 男は言った。
「(喜佐)当り前でしょ。ジョイに毒をもったら、貴方を殺すから」
「(ナツオ)すげぇな。君が小沢詩学の娘か。」
彼は大げさに両手を拡げてみせた。
「(喜佐)‥‥私を知ってるの?」私は言った。
「(ナツオ)キィちやん」と彼は言った。父の小説に書かれた少女の名前だった。
「(ナツオ)あの子は君がモデルなんでしょ?わか女からきいたよ。
小沢詩学の事故は不幸だったね。でも君たち姉妹は無事、
わか女にひきとられた、というわけだね」
「(喜佐)ひきとられたわけじゃないわ。部屋を借りるだけ。
家賃だって払うし‥…」
そこまで言って私はふと気づいた。
「(喜佐)あなた、誰? わか女さんから何をきいてるの?」
男は胸のポケットから黒いサングラスを取り出した。
それをかける瞬間、私は男の目が深い灰色をしてることに気づいた。
長身の割りに骨格が細く、腰の位置が高かった。
外国の血が入っているように感じられた。
「(ナツオ)僕はナツオ。わか女の元恋人。職業は詩人。よろしく、喜佐ちゃん」
彼は手を差し出した。
「(喜佐)…詩人? ばかみたい」
私はそれだけ言うとジョイを連れてその場所を後にした。


(Reading:桑島法子 as 珊瑚)

月が上がる頃、あたしは目をさました。
あたしは窓の隙間に頭を差し込んで、するりと中庭に舞い降りた。
街路はひっそりと静まりかえり、 カタツムリの通る跡が紫陽花の葉に銀色に光っていた。
あたしはトイレのために手で土を掘っていた。
土は柔らかくしっとりと指先に触れた。
「(ナオミ)お喋り猫、そこを掘ったら、だめ」
ハッカ色が木の枝の上にすわってあたしを見下ろしていた。
月の光りが白い素足を透き通った石のように照らしていた。
「(珊瑚)何故 あたしに命令するの?
あたしはこのうちの飼い猫になったのよ。
この庭はぜーんぶあたしのトイレなの。
あたしの匂いをあたしの庭のどこにつけようと
よそもののあんたにとやかく言われたくないの」
「(ナオミ)その場所を掘りかえしてしてはダメ。
あたしが埋めた骨が埋っているから」
あたしはまるで海底から水面を見上げるようにぼやけた視界の中で ハッカ色の流れる黒い髪を見つめた。

Copyright (c) 1996 MADARA PROJECT. All rights reserved.


第3話「東京星に、いこう‐ストーリー」のページ第5話


kz-naoki@yk.rim.or.jp