(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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第6話 遺された言葉 夢の意味 指し示す希望の光
ごめんなさい、と文音はいった。
降 降 あたしを月の裏側に連れていって
夢の途中、僕は飛び起きる。
三木の書斎から漏れる明かりが投げ出された僕の足をぼんやりと照らし、
僕は夢の意味を思う。
僕は父を車椅子に乗せて散歩にいく。
父の心臓は壊れかけている。
父はもうすぐ死ぬだろう、ということが僕たちにはわかっていた。
数日間、父は意識を失ったまま眠り続けた。
三木は父の傍らに立ち、黙って首を振ってためいきをついた。
僕は俯いて差し込む陽の光と翳る葉の動きをみつめていた。
父の葬式は質素なものだった。
父にはかろうじて戸籍が残されていたが、彼はもう母国語をもたなかった。
言葉はプライバシーであり、内面を顕在化させる手段でもあるが、
父はそれを長い間放棄し続け、無意味な数字の羅列に埋もれて死んでいった。
「これからどうするの?」と父の遺品を処理しながら三木が言った。
三木の問いには答えず、僕は父の古いコンピューターを立ち上げた。
システムを初期化しようとして、僕は奇妙なファイルをみつける。
そしてそれきり僕の前から姿を消した。
僕はもう何の記憶も再生しない。
僕は三木の書斎で三木の翻訳の下訳の仕事をする。
僕は言葉を意味を持たずに記憶し、検索し、再生する。
僕がこの夢を見始めたのはいつからだろう。
僕は誰を月の裏側に連れてゆくべきなんだろう?
父は夜明け前に僕を起こし、車椅子を出させる。
父は終末の天使を探している。
僕は公園に置かれた文音の天使を眺める。
写真に写された陵辱される文音が僕の魂の内側を強く揺さぶる。
オレンジの香りが僕を包む。
僕は記憶を消そうと父の車椅子から手を離す。
緩い坂道を車椅子が堕ちてゆく。
僕はぼんやりとそれをみつめる。
太陽が登り始める頃、
三木が通りかかるまで僕は両目を閉じて仰向けに横たわる父をみつめていた。
父の意識が戻ったのは一瞬のことだった。
父は眠っている僕を揺り起こして天空にかかっている月を指し示した。
僕は父をみた。
父の傷跡のように細い瞳から涙が溢れていた。
父は死にかけていた。
僕は月を指差す腕から、
こぼれ落ちる涙から生命がゆっくりと散ってゆくことを感じていた。
父は数字をつぶやき始めていた。
ゼロと一だけの2進法の数字を。それが父の遺言になった。
月の裏側、とかかれたファイル。
僕はマウスをクりックさせる。
そこには地図と例の2進法の数字がかかれていた。
僕はそれをごみ箱にいれようとするが、
その時ファイルの名前が降に、僕の名前にチェンジする。
僕はもう一度ファイル名をクリックする。
別名で保存されたもう一つのファイルが開く。
そこには文音がいた。
そして月が浮かび上がる。
「文音?何故、ここに文音が立ち現れるんだ?
父は文音を知っていたのか?・・・・」
「マウスをかして」と三木がうわずった声で言い、キーボードで数字を入力する。
「何をしているんだ?」と僕が言うと、ウィンドウのなかで文音が
「月の裏側に連れていって」と、言った。
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