Baby Baby‐SCENARIO#5


(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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第5話 崩壊する仮象の岸辺 月の砂漠を夢みる
    清らかな詩の律動


私は文音。 私は毎日ケーキを焼く。 兄のために。
兄は私の焼いたケーキしか食べない。
「世界は汚れているからね」、と兄は言う。 そして私の髪に指を差し入れる。
私は目を閉じる。 胸に抱きしめた音楽が鼓動となって響く。
「純真さは言葉にできない。 文音、音のない世界に住んでいる君だけが 壊されることのない清らかな律動するひとつの詩なんだよ」 兄の指が私の唇を辿ってゆく。 私は体を堅くして意識をゆっくりと閉じてゆく。
「文音、お前は世界について何一つ知る必要はないんだ。」
私は兄の手をふりほどく。 テーブルの上に置かれたハーヴが床にこぼれ落ちた。 光が点滅して時間を知らせる。 午後11時。 家には私と兄しかいない。 私はキッチンを抜けだし、部屋に戻り、鍵をかける。
そんなことをしても無駄なことはわかっていた。 兄は欲望を満たすためにどんなことでもする。 兄は私のミルクに薬を入れる。 昏睡に陥った私をみて兄は涙を溢れさせ、私を責める。
「文音、何故わからないの? お前を求めるのは世界中に兄である僕しかいないんだよ」、兄は泣きながら言う。 「お前は壊れ物だから、お前に関心を持つ人間なんかいない。 文音、お前を愛するのは僕だけなんだ。僕を拒んだらいけないよ」 そして兄は私を拒んだ過去の出来事を繰り返し語る。 私を受け入れてくれなかった学校。 入れなかった教室。 私の耳に届かない声。 私をみて笑う子供達。 汚いものにさわるように眉をよせる大人達。
「文音、お前は誰にもなにも差し出せない。 誰もお前になにもあたえなかったように」と、兄は言う。 「僕だけが文音、お前を求めているんだ・・・・」
私は天使の彫像を造る。 天使は語らないアリアを歌う。 私は天使を抱きしめて月を見上げる。 月の裏側にいきたい、と思う。 空気のない月の砂漠なら声は存在しない。 そこでなら私は自由になれる。 音を閉じこめて、解放される・・・・
扉の向こうに兄の気配がする。 私は降のことを思う。
降・・・・・
降だけが私を欠損のある存在にとらえることのなかったただ一人の人だった。
私の10本の指だけで私の言葉をわかってくれた。
降は私にとって、奇跡だった。
降が望むなら私は降になにもかもを差し出したかった。
私を求めてくれる、私だけの降をみたかった・・・・・
でも兄がそれを許すはずがなかった。 兄は私を追跡し、降の存在をつきとめた。 私は綺麗な私だけを降にみてほしかった。 蹂躙され、汚された私の自我を降の前に曝したくはなかった。
降が私にくれた笑顔、 森の奥でであった熊の三木さんの優しい祝福を私は思い浮かべる。 キスをしてくれた降・・・
抱きしめてくれた降の両手の強さが私の胸に触れる。
さよならを告げた時、 降の瞳に浮かんだ悲しみを私は宝石のように抱きしめている。 降、あなたが好きです。 遠く離れていても、私の心はあなただけのものです。 兄が私の鍵をこじあける。 私は兄の強い呪縛から逃れられない。 兄の笑う声が振動となって音のない私の世界に木霊している。 ひとつの肉体のうえへひとつの影が落下してゆく・・・・


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