Baby Baby‐SCENARIO#3


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第3話 遺棄された老人とその子供 オレンジの鼓動
    花咲く森の道で熊に出逢う


公園の片隅で老人が鳩に餌を蒔いている。その老人を子ども達が取り囲む。
「超能力やってよ」、と子ども達が老人に向かって叫びたてる。 老人は口の端だけで微笑む。 子ども達はノートを取り出しデタラメな数字を書き付ける。 それは20数桁に及ぶ。 老人は一瞬だけそれをみて、すぐに数字を反復し始めた。 子ども達はわっと歓声をあげる。 子ども達は口々に勝手な単語を並べ立てる。 10人近くいる子ども達が数回口にしたばらばらの単語や数字を 老人は手品の国旗をひもとくように滔々とそらんじる。 老人は子ども達が隠し持っているカードの種類を当てる。 ハート、スペード、スターライト。

子ども達の歓声に満ち足りた老人は アパートに戻ると古いコンピューターを起動させる。 システムが立ち上がり、画面に2進法の数字が浮かび上がる。 老人はそれを一瞬だけみつめ、システムを終了させ、 ノートにゼロと1を書き移してゆく・・・・・
途方もなく、何処にも行き着かない作業を老人は繰り返し行う。 彼の人生はそれが全てだった。 僕は1ヶ月ぶりにみる老人の背中を軽く叩き、食事を差し出す。 何事もなかったかのように彼はそれを受け取る。
彼が僕の父親だとしらされたのは6年前のことだ。 僕と父は遺棄され、船に乗せられこの地にたどりついた。

「降はなにをしてるひと?」指先を揺らして文音が僕に話しかける。
「なにもしてない」と僕は言う。 「たまに三木の着ぐるみをきて熊になるけどね」文音はくすくす笑う。 「熊になって、どこにいくの?」
「森に決まってるだろ?可愛い女の子をみつけてね、踊るんだよ、こんな風にね」 「こんな風に?」
「そうだよ、文音」
僕は文音の手をとって踊り出す。 池の上に浮かんだボートは僕達を乗せて流れてゆく。 風が文音の前髪を通り過ぎる。 文音はパンくずを散らすと 水面を泳ぐ魚たちが近づいてきて銀色に光る背鰭をひるがえした。 「綺麗・・・」文音の指が囁くように揺れる。
「あたし、いつも一人だった」文音が両手を開くように僕に差し出す。
「寂しかったわけじゃないの、あたしにはお兄ちゃんがいて、 いつもあたしを守ってくれたから。 でも・・・・・あたし、一人ではなにもできないから、 あたしが誰かにしてあげられることがなにもないから・・・・・」
僕は文音の10本の指をそっと両手のなかに包む。
「何故、あたしに優しくしてくれるの?」
「オレンジをくれた」と僕は言う。文音の指が震える。
「・・・・キスもしてくれた」
音声の言語が不在であることを僕はすでに忘れかけていた。
文音は睫毛を伏せる。 僕は文音の真珠の貝殻をそっと引き寄せる。 鼓動が重なる。 「降が好き・・・・」
僕は静けさに耳を澄ませる。
「でも、だめなの ・・・・あたしは夢なんてみない」
文音の細い腕がそっと僕の胸を押し、彼女は僕から離れる。

僕たちは約束をすることなく幾度も出逢う。 終末の天使が僕たちを出逢わせる。 新月の水曜日に僕たちは黙ったまま空を見上げている。
「夢の底で記憶はみつかった?」
「僕は記憶を持たない。たった一つの例外は、文音、君の笑顔だけだ」
文音の指が動きを止める。彼女は細かく震えている。
「寒いの?」と僕は文音の肩に腕を廻す。 文音がびくりと体をひく。
ごめんなさい
文音はゆっくりと微笑む。 綺麗な笑顔だ。
「さよなら」と不意に文音の唇が言葉を刻む。
僕はその動きを眺める。 沈黙。 文音がきびすを返す。 不確かな足がぬかるんだ地面にもつれる。 誰かが作ったシャボン玉がふわりと闇の奥に舞い上がる。 文音の姿が僕の前から消滅する。 月のない空から星が荒涼な光を発し、僕は暗闇の底に沈んでいく・・・・・

僕は夜が更ける頃アパートの階段を上がっていく。 いつものように何気なくドアを眺めて僕は突然の違和感に包まれる。 悪意と憎悪がそこに存在している。 ノブをつかむと何の抵抗もなく扉が内側に開く。 僕は巨大な昆虫の抜け殻のような暗闇に目をこらす。 父親がうずくまり、かすかなうめき声を上げている。 僕は電灯を点ける。 見知らぬ男が父親のコンピューターの前に立っている。 コンピュータから水滴がこぼれ落ちている。 規則ただしく雫が落下する音が響いていた。
「はじめまして、文音の兄です」と男は言った。


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