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エレメントへの思考




イメージは枠から外へ出なければならない。


パチェコ




類似

 人間においても、コンピュータにおいても、思考や認識などの情報科学的営為において重要な基本要素となっているものが「言語」であるという点は、おおむね一致している。コンピュータの場合は、処理に要する言語はすべて人工言語であり、これを研究することはたやすい。だが人間の場合、言語と世界、言葉と物の関係を論ずることは常に困難がつきまとう。なぜならそれらの関係は、きめられたプロトコルに基づいてしつらえられたものでも、一定の原理によって説明できる固定されたものでもなく、常に流動的に、ゆらめきながら変化する、そしてわれわれ自身がそれによって思考する、微妙でパラドキシカルなものだからである。

 フーコーの研究は、こういった関係論にせまる。知を構築する役割を演じるもの、認識を組み上げ、世界を構成するための要素。それは、歴史の中で常に変転する。

 フーコーによれば、16世紀末までの西欧文化、いわゆるルネッサンス期のヨーロッパにおいて、この関係論を決定づけるキーワードとなったのは、「類似」という概念であった。この時代、人間が世界を認識する像である表象は、常に世界にあるものの模写にほかならなかった。言語は世界の鏡であり、世界は世界自身に「巻きついていた」。言葉と物は、両者が同じレベルの存在として世界に散在しており、そしてそれらは、「類似」という関係によって結びついていた。言葉は世界にある物と共存し、知は世界に隠された類似のシステムを解明するために言葉をつむぐ。世界に有るものと語られた言葉は無差別に知の空間にあり、項目と項目は類似というチェーンによって互いを指示しあう。言ってみれば世界はひとつの階層型データベースを構成していた。

 この「類似」という概念には多くのタイプがあるが、フーコーは特に、「適合」「競合」「類比」「共感」という4つの主要なタイプについて説明している。これらは、類似という関係を導き出すために必要な要素であって、人間が「類似」という関係を見いだすための、一種の法則ないしは規約ともいうべきものである。

 最初にあげている「適合」という形象は、場所・位置に関する関係である。人間精神の中で、隣接の位置にあるもの、たがいに接近し接触しているものの間にこの関係が生じる。人間は世界の中で、さまざまな物と物との隣接の連鎖を構築してゆく。当時、水の中には地上における動物などと対応するだけの数の魚がおり、また水の中と地表には天上の諸存在に対応するだけの存在があったとされていた。異なったさまざまな存在は、近接のチェーンによって互いを指示しあい、適合という類似の世界を組み上げてゆく。「植物は動物と、陸地は海と、人間は彼をとりまくあらゆるものと通じあう」。

 第二の類似の形象は、「競合」という形式によって規定される。競合は、位置という関係の束縛から解放された適合である。この関係において、連鎖は円環となり、世界に散在するものは互いに答えあう。空は表情をたたえることで人間の顔と対応し、大地を覆う草はその霊的原型である夜空の星々と対応する。人間の精神の内部は、その叡知によって「世界の秩序」に対応する鏡としての地位を獲得する。

 三つ目の形象は、「類比」である。この類比――アナロジーというタイプは、きわめて強力な類似の形象である。「類比」は、時として「適合」や「競合」を包含する。それは、視覚的な相似を超越し、関係そのものの相似において生じる。したがってこれは、きわめて身軽に機能する。「夜空と星」は、一方が他方の場となり、包括するという関係を提出するが、この関係は「地球と生物」、「岩石とダイヤモンド」、「目や口と顔」などといった近縁関係を張り巡らしてゆく。また、この「類比」における関係は場合によっては反転する。動物は上方に口をもつが、植物は根という口を地中に突っ込み、動物とは逆に直立するといった、転倒された関係によって類似の位置につく。「類比」はこのように可逆性と多価性に富んでおり、世界を類似の連鎖で埋めつくす。「人間」と「大地」は、肉は土塊、骨は岩、血管は大河といった関係によって類比の位置につくし、病気としての癲癇の発作は、その外徴から天候である嵐と類比される。ある一点の支点を得さえすれば、「類比」は物と物とを関係のネットワークで結び、森羅万象を網の目のように連結させる。このとき、「人間」はしばしばその関係の中心に位置する。類比の空間は、人間という点を焦点とした求心的な構造を形成する。

 フーコーの挙げる類似の最後の形象は、「共感」と呼ばれるものである。このタイプの形象には、もはや可視的な論理の道筋を見いだすことができない。「星の運行」から、それによって支配される「人間の運命」へと、共感は恣意的に飛躍する。この共感の機能は非常に強力である。共感は、およそ世界のあらゆるものを強引に結びつける、可動性の原理である。重い物は大地の重みに引き寄せられ、軽い物は天空へと引き上げられる。ヒマワリの根は水へ、花は太陽の軌跡へ、本来は異なったものとして世界に散らばるあらゆる存在を同一化させ、その差異を消失させてゆくのである。これによって個別性は変質し、ブラックホールのように一点へと収斂する。この危険な状態を中和しているのが、共感と表裏一体をなす「反感」である。オリーヴとぶどうはキャベツを憎むといい、ワニは天竺ねずみと敵対関係にあるという。地水火風の四つの物質のうち、水と火とは反感をいだき、風と地もまた反感の関係にある。しかし風と火は共感し、水と地はこれも共感の関係をもつ。こうした吸引力と反発力は、類似という関係をたもつための基本的な原理である。先の三つの相似もまた、この構造論においてふたたび説明される。この力の均衡によって、世界はその内部に差異を保ちつつ、同時に類似したものの構造の集積として存在しうるのである。



書物としての世界

 このように、世界は類似によって満ち満ち、それによって世界はそれ自身のうえに折りたたまれ、二重化し、連鎖の構造を形づくる。しかしこのとき、ある標識がその秩序形成の基準として機能することを忘れてはならない。それは、「外徴」という標識である。  あらゆる類似は、外徴をその動機とし、類似は外徴なしには成立しない。外徴は、世界に点在する物の表面にその存在を宿す。類似は時として視覚的思考を超越した不可視的形式をも提出するが、こういった目に見えぬ類似も、可視的形象としての外徴をその起点として出発する。言葉をかえて言えば、世界は常に可視的な象徴によって覆われている。紋章、暗号、文字などの記号は世界に満ち、そして世界を類似の構造によってひとつの巨大な書物とするのである。ルネッサンス当時の知の使命とは、こうした外徴の抽出と解読、そして類似による関係の円環を紡ぐことに帰せられる。

 この構造は、本質的に不安定なものである。類似は世界において他の類似との関係づけによってのみ安定するが、その作業は結局、知の構造が全世界を埋めつくすまで終わることはない。それは永遠に砂上の楼閣を築き続ける知なのである。

 類似という形式の知の空間において、世界の構造の配列はすなわち言語の文法に一致する。本来、言語は世界に内在する物と対応し、合致していた。なぜなら言語は、元来の機能どおり、物に類似し、物の確実に透明な記号として物の上に置かれていたからである。そしてまた言語は、物の記号としてと同時に、それ自体ひとつの物として世界の中に存在していたのである。

 この言語の本来の透明性は、バベルの混乱によって破壊されることとなる。神によって与えられた、最も根源的で一義的な言語とされるヘブライ語は懲罰による混乱によって失われ、多岐に分化し、二次的にしか機能しない諸言語にとって替わられた。もはや言葉は、厳密な意味で物の正確な対応物にはなり得ない。物はひとつだが、言語は複数に存在するからである。

 ところで、言語と物が同等の関係として存在する世界は、「書かれたものの絶対的特権」という原則に支配されていた。言語は、語られたものとしてより、書かれたものとしてこそその本質的機能を発揮する。書かれた言葉は、語られた言葉に先立つ。人の口で語られた言葉とは、書かれた言葉の心もとない朗読にすぎない。なぜなら、世界はすでに自然の標識によって書かれたものに満ちていたからであり、古代からの魔術や神秘学問は、すべてこの「書かれた言葉」の解読と利用とを目的としたものだったのである。

 フーコーが示したルネッサンスの知――言葉と物とが混在し得る共通の空間をもつ知は、古典主義の時代の到来とともにゆっくりと変質し、崩壊してゆくこととなる。現在に生きるわれわれにとって、こうした異質の知の場によって紡ぎ出された世界は、一種異様な感覚を呼ぶ。たとえば作品『天使のたまご』は、類似という知の形式によって紡ぎ出された世界を再現させ、それはわれわれに奇妙な異化効果をもたらしはしなかったろうか。暗い地平線に沈む機械仕掛けの太陽は、それを見る者にどのような世界解釈を要求しただろう。「少年」の担う奇妙な形の武器は、何に類似し、いかなる意味の連鎖を命じたか。少女の暮らす方舟の回廊に連なる無数の化石、作品のいたる所に流れる水……これらはすべて、類似による世界解釈をもって関係の連鎖を構築させ、この知の場による異化効果を実現させてはいないだろうか。

 また、こういった意識的・表層的な表現以外にも、「類似」の要素は潜在する。『ビューティフル・ドリーマー』において、そのモチーフの連続という形式は、場の構造の類似性という関係を暗示し、不安と懐疑に彩られた異化効果を生んではいなかったか。『迷宮物件』や『紅い眼鏡』、また『パトレイバー劇場版』などの諸作品においてもわれわれは、多くの類似による無意識下の干渉をうけてはいなかったか。これはたしかに、押井作品を規定する一要素としての方法に数えることができるかもしれない。

 以下、いましばらくフーコーのコンテクストを追うことにしよう。


表象という知

 コンピュータの階層型データベースは3元的な関係構造をもっている。すなわち、特定の情報を指示するキー、それによって指示されるデータボディ、そしてその両者の間をつなぐ関係のチェーンという構造である。

 16世紀ヨーロッパ――ルネッサンスの知の構造において、言葉と物との関係は、あたかもこの階層型データベースのような3元的関係にあった。すなわち、世界にある物を表す「標識」、それによってしるしづけられる内容、そしてその両者をつなげる相似関係という三者による構造である。だがこの関係構造は、ルネッサンスの終焉とともに消滅してゆくこととなる。

 ひとつの言葉は、世界に在る物の標識として生成されるが、やがてふたつの言説を生む。それは、その言葉をふたたび取り上げ語りなおすという注釈と、それら語ることという営為を背後から絶対的に支配する、原的テクストの存在――すなわち世界という原的テクストという複合的な構造である。ルネッサンスの知の終焉は、この構造が壊れたことに由来する。それは、ふたつの原因によっていた。

 ひとつは、言葉と物とその関係という動的な構造が、徐々に安定し、固定化し、いつか二元的形式へと変化していったためである。言葉と物は、直接的な類似というチェーンによる関係を失い、単なる意味する記号としての「能記(シニフィアン)」と、意味されるものとしての「所記(シニフィエ)」という二元的関係へと変動する。それはあたかも、表形式データベースのような形式的関係であり、もはやそこには言葉と物との相似というチェーンは存在しなくなる。言葉は言葉として、物は物として、それらは世界の中で別々の秩序をもつようになる。

 この部分に、もうひとつの原因があった。すなわち、言葉は物との相関関係から切り離され、物と同等のレベルで実在することをやめるようになる。言葉は物の世界から浮かび上がり、言葉としての独自の空間を構成するようになる。もはや言葉は物と同等の空間にはなく、言葉は世界のインデックスとして物の世界を指示するようになる。直接の関連を失った言葉と物は、データレベルの物に対するエグゼックレベルの言葉との関係、オブジェクトレベルにある物に対するメタレベルの言葉といった関係を構成するようになる。物の世界を規定する秩序と言葉の世界を規定する秩序は分離し、それぞれに独自の秩序を持つにいたる。このあたらしい知の場が、「表象」という思考空間であった。

 このルネッサンスの終焉から古典主義への境界線を顕著に象徴するテクストとしてフーコーがあげたテクストは、セルバンテスの『ドン・キホーテー』だった。

 ドン・キホーテーという作品が描かれているのは、かつての「類似」によって関係づけられた世界構造の崩壊した世界である。その世界の中では、「書物」に書いてある言葉、幾多の冒険を描いた物語は、すでに現実の世界から完全に乖離している。ルネッサンスの時代の知の場の終焉を迎えたこの時代にあって、「物語」はとうに独自の秩序のなかに浮かび上がり、その中に書かれたさまざまな記号は、もはや現実の世界の諸存在とは直接に類似していない。だが、いやそれだからこそこの主人公ドン・キホーテーは、必死に書物を参照し、無理にでも「類似」のしるしを捜して旅を続けなければならないのである。

 元来、書物(この場合は英雄譚)というものは、「記憶にとどめられるべき現実の武勲」を言葉という記号にとどめたものである。したがって人はかつて、世界を知るために書物を読んだ。だが今や、世界と物語は断絶の関係にある。物語は「表象」の閉じた空間へと遊離し、書物の解読はすなわち世界を意味しない。書物を信じ、世界と言葉の類似を信じるドン・キホーテーの行動はしたがって、書物の記述の正しさを証明するために世界に散らばる「類似」のしるしを捜すこと、すなわち「書物を証明するために世界を読む」ことにほかならない。彼は世界に類似を捜しもとめ、その結果としてあざむかれ、幻滅しなければならない。彼の期待を満たすための知の空間――言葉と物が同じ質的存在として混在する思考の場は、とうに崩壊しているからである。このドン・キホーテーの悲劇は、ルネッサンスの知による最後の物語、「類似」というエピステーメーの消失のラストシーンを描いたテクストだと言っていいだろう。

(*補遺* こうしたドン・キホーテーの悲劇は、現代のわれわれにも無関係とはいえないのかもしれない。かつては現実を模したものであり、そして同時にもはや現実に類似していない表象の中にある言葉たち――アニメーションや、コンピュータのゲームや、漫画など――を愛し、それらの表象をもって世界を読むという逆転は、われわれの周辺にもじゅうぶんにその例を見いだすことができるのではないだろうか。)

 だが、この物語は奇妙な展開をむかえる。小説の第二部の作品中、主人公ドン・キホーテーは、「『ドン・キホーテー』第一部を読んだ」と称する人物に出会うのである。この人物はドン・キホーテーを主人公と認め、物語にあたらしい連鎖と整合性をもたらす。テクストはそれ自身の上に折り重ねられ、みずからをみずからの中へ取り込んでゆく。物語は対象言語であると同時にメタ言語となり、書物は現実の世界に依存しなくなる。かつて、もはやどこにもない「類似」をもとめて現実世界をさまよい、みずからひとつの「記号」となっていたドン・キホーテーは、いまや彼の世界で現実となる。彼の世界はそれ自体閉鎖され、ドン・キホーテーはそれ自身が書物となる。書物の上にしるされた記号と現実の世界を混同したドン・キホーテーの荒唐無稽な錯誤は、いまや言語の世界の表象能力となり、テクストは「表象」の次元にみずからを確立してゆく。ここに至り、この作品はルネッサンスの知の空間――「類似」というエピステーメーの最後の作品から、古典主義の知の空間――「表象」というエピステーメーの最初の作品へと移行する。物語は世界から切り離され、独自の空間に閉ざされた存在となるのである。


表象の空間

 古典主義時代の知の空間では、言葉と物との混在という存在様式はもはや見られなくなる。物は単なる事実の世界として存在するようになり、言葉は世界の中にそれ自体の存在を持たなくなる。問題となるのは、この新しい知の空間を支配する独自の秩序を解読することである。

 フーコーは、こうした知の空間を象徴する表象として、1656年にスペインの宮廷画家ベラスケスによって描かれた『侍女たち』をあげている。

 この絵画は、スペイン国王フェリペ四世と王妃マリアーナの夫妻の肖像を描く画家と、その様子を見に侍女たちをともなって訪れた幼い王女マルガリータ姫を描いているといわれる。国王夫妻は画面には現れず、そのかわりに絵の視野のほぼ中央にある鏡にその姿を映し出している。画家(おそらくはベラスケス本人)は画面の外に位置する国王を見ているが、その手元のカンバスは鑑賞者であるわれわれに背を向け、画面から隠されている。鏡の隣のドアからは、「右側の訪問者」が姿を見せ、画面上のすべての登場人物は国王夫妻の方、すなわち画面の外にいるわれわれの方を見ている。


 このように、この絵画のなかで視線はさまざまに交錯する。虚実混在の視線の交錯によって、この作品は立体的な存在感を放ちつづける。この作品の空間を走るいくつかの視線は、いまこの絵を観ているわれわれの視線、かつてこの絵を描いた作者ベラスケスの視線、モデルとしての王の視線、絵の外部にある一点に注がれている登場人物たちの視線、絵の作中人物でありながら画面の外部に位置し、画面を睥睨する国王夫妻の視線というように枚挙される。

 およそ人物を描いた絵画というものにおいて、現実に存在する視線は質的に三種に集約される。それは、その作品を描いた作者の視線、作品に描かれ、登場人物となるモデルの視線、その作品を観る鑑賞者の視線である(この場合、作者ベラスケスの視線、モデルとしての国王夫妻の視線、そしてわれわれの視線の三つということになる)。この三つの視線は観念的でありながら、あくまで現実世界の存在であり、絵の内部の空間にとって不可視性をもつものである。しかしフーコーによると、この絵画の場合、実在性が絵の内部の空間に投射されているという。すなわち、作者ベラスケスは「左側のパレットを持った画家」の中に、鑑賞者であるわれわれは「裏側から場面全体をとらえながら光景そのものである国王夫妻を正面から見ている右側の訪問者」に、モデルたる国王夫妻は、画面の中心のおぼろげな鏡像に。つまりこの絵画の構造は、「代理=表象」のシステムによって成り立っている。この作品自体の制作者ベラスケスは画面上の「画家」によって表象され、この作品を鑑賞するわれわれは「右側の訪問者」によって、不可視性にみちた至上の王は「鏡」によって表象されるのである。

 ところで、これら作品の空間を走る各々の視線の配置による関係構造は、ある一点の存在によって秩序づけられている。王女をはじめとする他の登場人物の視線を一身に担い、この作品自体に意味を与えているそれは、この絵の見えざる座に位置する登場人物、国王夫妻の存在である。それは、確かにこの絵全体を規定する役目を負っているが、また同時にこの絵にとって「不在」でもある。その名のみ語られ、作品世界自体に動機と秩序とを与える中心的存在でありながら、けっしてその姿を現さない超越的存在としての登場人物。その存在が揺らぐとき、この作品の存在そのものが疑わしいものとなるかもしれない。画面に登場する人物たちの視線を集め、作品の空間に信頼性を与えているはずの国王夫妻がじつは不在であったら……一見この絵に秩序を与えている人物たちの視線の集中が、じつは鑑賞者をあざむくための悪意に満ちた虚偽であったとしたら……。

 だが、そうならずにこの絵がその秩序を保ち得るのは、絵の中心に位置する「鏡」の存在によっているのである。画面中央に位置する鏡――この鏡はたいへん小さく、たよりない。だがその中には、画面上の不在の存在である国王夫妻の実在を、おぼろげながら保証する。たとえばこの絵を鳥瞰する立場にあるわれわれの「外部の視線」は、この絵の世界の意味論的中心である国王の姿の空白を鏡によって補われる。また絵の登場人物たちの視線は、「絵の外部の国王という超越的主体によってのみその根拠を与えられる」という不安定な立場を、鏡によって補強される。つまりこの絵の空間は、絵の世界の外部にある超越的な「国王」によってではなく、その反映であり代理である「表象」によって、絵それ自体の内部からみずからによってささえられ始めるのである。


神を追う視線

 こうして、みずからによってみずからを支える自律の構造を手にいれた「表象の世界」は、もはや現実世界における実在――超越者による保証を必要としなくなる。表象を基礎づけるものの消滅と、かつて主体だったものの本質的空白が、表象というエピステーメーを構成する。それだからこそ、古典主義時代の哲学者デカルトのコギト――「われ思う」というかのコギトは、そのまま「われ在り」という明証性を保証され得たのである。このときデカルトの「理性」は、もはや神は実在を必要としない。その座はかつて神の居た座でありさえすればよかった。デカルトにおいて「在」る「われ」とは、表象としての世界に棲む存在であり、それは人間の実存といった視座をもつ近代の知とは異なっていた。

 ところで、こうした構図――表象の世界のそれ自体による閉鎖と自律の問題は、押井守のライトモチーフのひとつに数えることができそうに思える。ベラスケスの作品は絵画であったが、アニメーションという映像作品(それは実写によるそれよりさらに強く表象としての特徴をもっている)においてそれはどのように現れるのだろうか。

 作中のすべての登場人物たちの視線は、ある一人の人物に集中している。その人物の姿は鑑賞者であるわれわれからは常に不在の位置にあり、ただその存在は冒頭部分のおぼろげなカットによって保証されるのみである。その人物の名は帆場瑛一。神の名を騙った男である。

 作品は、不在の彼によるプログラム(それは実際のコンピュータのプログラムという設定であるが、同時に作品のストーリー展開を制御する「プログラム」の表象でもある)によって展開する。帆場の存在は、ベラスケスの絵画における「国王」でもあり(冒頭のカットこそが画面中心の鏡に相当する)、また画面上にあって作品を描き続ける「画家」でもある(帆場が松井たちに提示していった作為的なストーリーは押井守の演出の表象の位置を担う)。作品は彼の君臨によって根拠をもち、動機づけられ、展開する。いな、それは彼の存在というよりも不在――かつて君臨し、すでにその座を去った超越者によって吊り上げられ、表象としての世界に収斂しているのである。

 しかしここで、ひとつの事実を思い出す必要がある。ベラスケスは『侍女たち』の中で、決して国王を不在にしようとはしなかった。たとえそれが「王の不在」という懐疑の可能性を常にはらむ危険な構造をもっていたとしても、ベラスケスは悪意をもって王と鑑賞者を欺こうとはしなかった。しかし、押井守は違った。

 ここに、押井守が語った『パトレイバー劇場版1』のワンシーンのシチュエーションがある。これは最終的には採用されなかったが、押井守の象徴的な悪意の意図の噴出の一形態なのである。

 ――後藤と南雲が第二小隊を送り出した埠頭で、帆場瑛一の捜査を続けていた松井から最後の報告の電話がかかる。それは、物語を根底から否定する事実を告げるものだった。コンピュータの磁気情報化される以前の古い戸籍簿によると、帆場瑛一は6歳の時に死んでいたというのである。松井の電話は、帆場瑛一の葬られた墓地の公衆電話からのものだった……

 ここにいたって、不在の超越者の不在性はより完全なものとなり、表象の世界は一層はっきりと、自己自身によってふわりと浮かび上がることとなる。すべては虚構の中に取り込まれ、素朴な「類似」や超越的主体による保証を当然のように受け入れていた微温的な物語構造は、悪意と嘲笑のもとにその虚構性をつきつけられることとなる。このシチュエーションが実際に採用されなかったことは、非常に残念な結果であった。われわれは、思想史上に銘記されるべきひとつの物語を目の当たりにする機会を逸したのかもしれない。


押井守の射程

 フーコーの提示した「表象」というエピステーメーは、ひとつの限界をもっていた。それは、18世紀末の観念学とイマヌエル・カントの批判哲学の差異に現れた。

 表象の空間は、その内部において自律し、自己によって自己を支えていた。背後からその空間を保証する超越者の座は、「不在」という空席であった。しかし言葉をかえて言えばそれは、「不在の超越者」を必要とすることによって支えられた知の場であった。だがニーチェの「神の死」の宣告を待つまでもなく、近代の到来は超越者の存在様態を不在から非在へと変えていったのである。そこにはもはや超越者(=国王=神……)の姿はない。知の空間を支えるのは、身体という実体のもとに実存し、欲望をもって経験し、不透明性に満ちつつ行為する「人間」という有限者である。こうして近代は「人間」というエピステーメーの配置へと移ってゆくのである。押井守の諸作品における実存論的作品性や、「犬」「立ち喰い師」などの世界観は、そんなエピステーメーの体現なのかもしれない。

 フーコーの研究は、こののち言語の実在性とその外在性の問題へと移行する。「言語」は、しばしばそれによって表現される物を指示するためにそれ自体の存在を無視され、重さのない透明な媒体としてとらえられがちであるが、フーコーの研究はその存在論へと展開する。言語の存在の歴史的な位置や変転の問題こそ、エピステーメーという形でとらえようとした問題意識であった。また、言語の存在論という問題は、同時に無の問題、言語によって形成される知の外部という問題をも提出する。近代的理性の思考を可能ならしめていた言語の歴史的形成へのアプローチは、その成立の段階で排除されていった狂気の本質へと向かう。

 一方、押井守の作品の方向性もまた映像表現の外在性の問題へと移行する。フーコーは知を規定しつづける「中心」という概念に哲学的反省の目を向けたが、押井守は映像表現を徹頭徹尾規定する「物語」という概念に、その破壊の手腕をふるう。ノモス(為)としての「物語」、押井守にとってそれはフーコーにとっての形而上学的構造としての「中心」でもあろう。物語という安定した体系に対する素朴な心酔を背後から嘲笑し、理性の限界上に現れ消える思考不能なもの――バタイユの言葉を借りて言えばこの「呪われた部分」を露呈させ、収束する意味としての構造に「揺らぎ」を与え問い直すその方法は、現代に生きるわれわれに対する一種の哲学的反省の実践形態として機能するのである。

 たしかに、映像作品として現象するこの活動は、視覚的媒体の上で展開する。だがその深層には、人間の世界解釈そのものにかかわる知の形式への言及が潜んでいる。それはすでに視覚的思考の範疇を超えた営為であり、また逆に、押井作品のこうした域における解釈は、視覚的思考を超越することなしには達成しえない。自己の立つ「場」、知の媒体へのまなざし――まなざしを超えたまなざしというものを、押井守は提示しつづけるのである。



結び

 押井守の作品を、純粋に感性のみで愉しみ、味わいつくすことのできる鑑賞者は幸福である。彼はきわめて希有な、常人を遥かに凌ぐおのれの能力を誇り、その能力に恵まれた幸運に感謝するべきである。野生の虎が格闘技を学ぶ要を持たぬがごとく、こうした鑑賞者に論は不要である。

 だが残念なことに、こうした特権的な天才をもたぬわれわれは、押井作品の神髄を享受し味わうために、技術的方法の助けを借りる必要がある。また鑑賞者が、ただ鑑賞者であることを超えいで、その言葉で自己の到達したものについて語ろうとするならば、やはりそこには言葉と論が必要となる。これまで語ってきたこの論は、こうした鑑賞者、なかんずく押井作品を自ら論ずることとなろう論者を対象として書かれたものである。

 われわれは、みずから考えているほど自由な存在ではない。われわれの思考は、われわれが生きている世界、われわれが語る言語、その他のさまざまなイドラによって規定されている。その呪縛は、素朴な精神を最も強く拘束する。昨今見られるような、精神活動における純粋主義の崇拝は、こうした考えを否定しようとするかもしれない。だがむしろわれわれは主張する。精神が真に自由であるためには、自由たるための技術を頼まなければならない。なぜなら、われわれの言葉はわれわれが創成したものではなく、われわれが自己の存在に気づいたときすでに何者かから「与えられて」いたものであり、またわれわれはそうして与えられた有限の媒体によって、思考と語りの「経済活動」を展開するほかない存在だからである。

 本論は、押井守の作品自体よりむしろその知的背景へ、その世界解釈へ、その真理要求へアプローチする方法をとった。あるいはそれは、クリエイターのメッセージを受け取ることによる感動を素朴に尊ぶという立場の鑑賞者を立腹させる方法かも知れない。だが、ガダマー的方法の敷延であるこうした方法こそ、押井守という一人の天才と同じ時代を生きる幸運に恵まれた者として、その問いの地平を共有すること、押井守というクリエイターが真理要求への問いかけにおける解釈学的媒体として示した作品に心酔するにとどまらず、その真理要求そのものへ、押井守と同じ認識論的立場より接近することを意図する解釈学的なアプローチなのである。

 本論は、三部構成をもって書かれている。第一部においては押井作品の現象学的方法およびその実存哲学的方法に関して、存在論――オントロギーの哲学について論及した。第二部においては、押井作品という特異な作品体系の特異性の根拠について、その契機――スイッチの哲学といった観点より、驚異、懐疑、単独者意識、終末観といった異化要素、押井作品の展開する地平について言及した。第三部においては、押井守が向かう知的射程を明らかにすることをもくろみ、知そのものが展開する媒体――エレメントの哲学を論じた。以上の論述によって、筆者の考えはおおむね語ることができたと思う。ただ惜しむらくは、言語学および記号学的部分への論及の余裕を持たなかったこと、また筆者が近年殊に興味を向けている「悪の哲学」ともいうべき領野へ論が及ばなかったことなどがあげられる。

 とはいえ、むろんこの研究が押井作品の全領域を網羅しているとはとても言えるものではない。基本的に、本論において展開した諸要素は、その大半がきわめて初歩的な水準にとどまるものにすぎない。ただこの研究が、押井作品や、また将来現れるであろう、非凡な哲学的秀逸さに恵まれながら鑑賞者の未成熟によって不正当な評価に甘んじているような諸作品を論じ、その隠蔽された価値を顕れいでせしめんとする諸氏にとっての理論的橋頭堡となることこそ、筆者の幸いとするところである。したがって本論は、押井作品を本格的に研究せんとする者が、その方向性を決定づけることに寄与するべく、かくのごとき方法と文体をとることとなった。願わくば本論が、映像作品解釈の地平における認識論的切断をもって、未だ著されぬ論と、知の深層に接することによって得られる新たな邂逅の現出とに貢献せんことを願ってやまない。


─ 終 ─



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