ばあちゃんが死んで、母の死を思った。 母を思い出して、ばあちゃんを思った。 祭りはまだ終わらない。 | ||||
1995/10/09 | ||||
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近頃、親の家に泊まるときは、ばあちゃんの部屋に寝ることにしている。睡魔や酔魔に襲われない限り、大抵しばらく寝つけない。しばらくどころか朝方まで寝つけない。小窓から日の光が射し込んでくるころになってようやく眠る。眠ったと思ったら、家人の誰彼が起き出してきて、慌てて起きる。そんなふうに慌てなくてもいいのだなぁと思うと、眠れない夜も気楽だが。ばあちゃんのいない家でも、真っ暗な闇の中で、ばあちゃんは蘇る。一緒に暮らした一年半のばあちゃんのしぐさや声が、今そこにあるように見聞きされ、いつのまにか朝になる。 どうしても思い出せないのが、母が亡くなる前までのばあちゃん。その後しばらくのばあちゃんについても、うろ覚えだ。母が遠野旅行を途中で切り上げて、赤い顔をして帰って来た日はどうだったろう。いつものように、夕飯まで、何度も何度も聞いたに違いない。「しづこはいつ帰ってくるとね」そのあと、飯を食って、寝てしまっただろう。夜遅く帰ってきた母は、ばあちゃんの顔を見に行っただろうか。 遠野に行くから、家に来てばあちゃんを頼むと言われたとき、転職の試験があるから、そんな暇はないと断っていれば、母は遠野に行かず、すると、旅先で異状を見いだすようなこともなく、早めに病院にかかることになって、死の一歩手前で引っ返してきたかもしれない。そうだ、無理をして旅行に行ったからこそ、取り返しのつかないところまで走り去ったんだ。いや、無理をしたからこそ発症し、本人含めた誰もが異状に気づいた、が、気づいたときにはすでに遅かっただけのことかもしれない。あんなふうに唐突に死んだりしないような手だてが、他にあったのではないか。父も娘も、二年前のあのときを後悔している。 | ||||
1993/10/14 | ||||
夕方、仕事を終えて、新宿駅から家に電話すると、思いがけず、かかりつけの医者が出た。いま新宿か、じゃあ、もう間に合わないかもしれないなぁ。発車のベルが鳴る。電話を切って、階段を駆け下りて、父に言う。もう間に合わないって。何がなんだか分からない。がらがらの電車だったが、車両の真ん中に二人して突っ立って、何がどうなってるんだと混乱した。足ががくがく震えてた。 | ||||
2001/10/1 | ||||
17:46 | 容態急変の知らせ。息のあるうちに、ということなら、今日のうちに、とのこと。お父さんもいないし、ったく、みんな安心してしまったなぁ。 | |||
17:55 | みたてではひと安心だったけど、ここに来て、急変。今夜もつかどうか。会社から直行する。 | |||
18:01 | いま品川であちらこちらに電話中。 | |||
18:02 | いまからでる。 | |||
18:28 | どんなに覚悟してるようなつもりでも、慌てるものだね。 | |||
18:30 | そんなものさ、気をつけて。 | |||
18:30 | 新宿発籠原行きというすごいのに乗った。熊谷19:43着らしい。速いよね。 | |||
上野駅で18時半発の電車に乗り込む直前に、まきば園からの電話が入っているのに気づいた。たった今、呼吸停止されました。発車のベルを聞きながら、妹に電話したが、つながらない。窓際にへばりついて、車窓から夜を眺める。顔を隠すようにして、携帯電話の画面を見つめたり、闇に影を重ねたり。 | ||||
18:39 | たったいま呼吸停止とのこと。お父さんとも連絡取れた。同じ時間に着くかも。いま上野。吹上に迎えに来てくれるかも。 | |||
18:43 | たったいま呼吸停止したそうです。父との電話の最中に留守電入り、電車に乗る直前に園と話した。終わって始まる。 | |||
18:47 | 今あかばね | |||
18:49 | 私のは、十五分ほどあとかな。吹上着いたら園に電話してみて。 | |||
18:50 | あ、乗ったまま。このへん人多いからもすこし先で待つよ。会えないと不安。 | |||
18:52 | どのへんにのってるの? | |||
18:54 | 降りてない。吹きあげにする。 | |||
18:57 | それがいい。ばあちゃん見事に最後の挨拶だったんだね。 | |||
18:58 | たったいま。ほんとに急変だね。おととい、昨日と会えていてよかった。 | |||
19:04 | 大宮ですわれた。 | |||
19:08 | 会えていてよかった。待っててくれたんだって思うばかり。父は喪服の心配。妹はいまどこそこというだけ。ったく。いま大宮。 | |||
19:09 | 大宮ですわれた。それはよかった。お父さんから喪服どうするって言ってきた。よく似た親子。 | |||
19:11 | すんませえん。冷たい親子。もふくはさすがにもってませんが。 | |||
19:11 | 待っててくれたんだって思うだけでいいじゃないか。父にも妹にも、まあまあ、そういわんと。 | |||
19:13 | で、じじはまだうち? | |||
19:15 | 父にも妹にも、そういわんと。いや笑い話にするつもり。冷たい親子だとさ。 | |||
19:19 | 冷たい親子。そっか。電車のなかでひそかに泣いたが。もっと軽やか? | |||
19:21 | 軽やかじゃありませんよ。 | |||
19:23 | あんまりにもばあちゃんのことに触れないからさ。おかしくなったのかと、心配した。狂うなよ! | |||
19:25 | うん、書こうとしたけど、うまくかけんかった。昨日、一昨日のばあちゃんの目が忘れられん。 | |||
19:27 | それでよかよ。強がんなさんな。 | |||
19:30 | やっぱねえちゃんのいうとおり、待ってたのかな。みんなに会ったからよかと思ったのかな。 | |||
19:31 | そう思えたら救われるよ。よし!たい。 | |||
19:34 | ついた。まきばに電話する。 | |||
19:38 | 笑い話にするつもり。それがいい。 | |||
19:39 | じき駅に着く。 | |||
吹上の駅は暗い。雨が降っていたから、ますます暗かった。改札を出て、階段を降りたところに、妹が佇んでいた。まきば園に電話した? うん、もうじき迎えに来てくれる。まだもう少し会えると思っていたのにね。とうとう来ちゃったね。宿直のお兄さんが慌てて車を出したふう。初対面だったが、いろんな意味でいっちゃってる女たちは強い。慎み深く寡黙な青年をなんとか笑わせようと馬鹿を言ってみる。笑い声が空回り。 | ||||
祭りのあとさき その二 | ||||
祭りのあとさき その三 | ||||
がまだすじいさん | ||||
なんでんよか | ||||
ばあちゃんも生きとるよ |