1997の秋 パート6
今年は、秋の那須路。
前に少し戻るつもりが、そのまま話が進んで、バスは一路まきば園をめざす。
帰りのバスの中、誰もがそれぞれに睡魔に襲われた。ばあちゃんのほうが、先に眠り始めた。そんな様子を見ながら、いつのまにか眠った。多分、頭をこっくりこっくりしていたときだ。不意に、脇をつつかれて、はたと目を覚ました。ばあちゃんの後ろにいたスタッフが、「駄目よ、寝てらっしゃるんだから」とばあちゃんに声をかける。ばあちゃんを見ると、まるめたパンフレットか何かを持って、にたぁっと笑っている。寝ているやつを起こしてそんなに嬉しいか、と瞬時に思って、また目をつぶる間もなく、トイレ休憩のためバスが止まった。
もちろん、今度はばあちゃんを先に降ろすつもりはない、それどころか、毎回毎回なだめながら待ってやったが、もう一緒に待っててなんかやらない、と眠りを邪魔されたのが癪にさわって、ばあちゃんに目もくれず立ち上がり、通路を一歩踏み出そうとしたところで、行く手が遮られた。制止するかのように、にゅっと突き出されたばあちゃんの手。そして、また、にたぁっ。
知らん顔をしてそのまま降りて、トイレに行って、休憩所で煙草を吸って、コーヒーを飲んで目を覚ますうちにはたと気づいた。ばあちゃんのあの笑顔。一眠りして頭がすっきりしたから、あんなに明るく笑っていたのだろう。多分、りんどう湖に行った夢などを見て、その夢から覚めて、現実に気づいたら、なんと顔見知りが通路を隔てた隣でうとうとしている。「あんたもここにおったつねぇ」「わしもここにおったつよ」「嬉しかねぇ、こぎゃんところで会えて」「楽しかろう、わしに会えたつが」そう言っていたのだ。あの笑顔。
ソフトクリームをごちそうしてくれる奇特な人がいて、御相伴に預かることになった。バスに戻って、罪滅ぼしのような気持ちで、ソフトクリームをそのままばあちゃんに手渡した。お隣のイケハタさんにも勧めたら、と言ってみたが、聞こえない、らしい。「わぁ、おいしそう」と後ろから覗き込んだスタッフには、「食べんね」と勧める。一口二口スタッフがなめたあと、また、回りに目もくれず、ソフトクリーム。他のだれにも勧めようともせずに一人で食べきった。「よく食べたねぇ」と言うと、「誰も食うとは言わんかったからたい! 」と怒ったように言う。
「ああ、食べたったい、うまかったぁ」と一言言えば済むことじゃないか。多分、後ろめたい気持ちがあったのだ。だから、自分が非難されていると思って、張り合おうとした。喧嘩腰になる。
わたしはこの人の孫なのだなぁと随所で思い知らされる、一泊旅行だった。
まきば園の正面玄関にバスが止まる。「ま・き・ば・園かい、ああ、ここだったねぇ」「わしは、降りんでもよかろ?」 混乱している頭の中が見える。
部屋に戻り、看護婦長のワコウさんに抱かれてベッド・イン。
「あんたも休め」「うん、これから帰るから」「また来るじゃろ」「また来るよ」「ふーん、じゃぁな」
孫がどうなろうと知ったこっちゃない、ようだった。〔了〕