1997の秋 パート2
今年は、秋の那須路。
トイレ休憩にしろ、ホテルや目的地に着いたときにしろ、足腰の弱いばあちゃんやイケハタさんは降りるのに時間がかかるので、後方にいる、自力で歩ける人たちが一通り降りてしまってから、降りることになる。
そのたびに、ばあちゃんは、自分が取り残されるのではないかとそわそわし始める。そのたびに、あとから一緒に降りようと言っては、みんなが降りるまで待つ。もちろん、トイレに急ぐのでない限り、慌てる必要はないのだ。トイレに行くかどうかを聞くと、決まって、行かんでもよか、と答える。遠出の時にはすることになっている紙オムツのせいか、安心し切っているようだ。本人は、オムツをしている自覚はないようでもあるが。
スタッフがなだめなだめトイレまで連れて行くと、出すものは出すらしい。今回の旅行は、前回までの旅行や3年間の行事などの結果を踏まえて十分に計画が練られ、何事も手際がよく、外でもホテルでも、一度も、家族がばあちゃんたちのトイレ介助をすることはなかった。先の計画表によれば、わたしは、食事の介助だけをすることになっている。久しぶりに、合計、3食付き合っただけで、そのうち短気を起こしてしまうあいかわらず未熟な孫であったが。
ホテルに着いて、ロビーで待っていると、ばあちゃんが、車椅子の上で、昨年と同じように、天井を見上げながら言った。「ここは、来たことがあるごたる」
部屋はばあちゃんとは別で、ケアハウスで生活している75才前後のご婦人二人と、わたしとほぼ同年輩のケアハウスのスタッフと同室だった。三人が風呂に入っているあいだ、煙草を吸おうとしてためらい、「開けるな」と書かれている窓を開けたら、注意書に書かれているように、てんとう虫がどっと飛び込んできて、慌てた。てんとう虫を捕まえて部屋をかたづけ、エレベーターホールの喫煙所で煙草を吸っていると、「何してるのぉ」と風呂上がりの三人にでくわした。一人を除いて、みなスモーカーだった。
ばあちゃんの部屋は、一つおいて隣で、特養の三人に対してケアスタッフのキクエさんが付き添う。「今夜は眠れないね、どうぞよろしく」と言うと、始めての経験に積極的な気持でいるキクエさんは、「こちらこそよろしく」と次の予定に向けて頭を忙しく働かせながら、ばあちゃんたちを部屋に誘導し、お茶を入れ、荷物を整え、トイレ介助をする。
一段落したら、食事の前に入浴タイムだ。ケアハウスの人たちが先に入り、他の泊まり客と重ならない時間に、ばあちゃんたちが入ることになっていた。廊下を民族大移動しているのが聞こえて20分ほどしてから、大浴場まで行った。広い浴場の入り口近くの洗い場が賑わっている。眼鏡を外すとすべての輪郭がぼやけ、その上、湯気が立ちこめているので、どこにばあちゃんがいるのか分からない。ショートパンツを穿いたスタッフの一人に聞いて、やっと湯船につかっているばあちゃんを見つけた。「ほら、お孫さんが来たわよ、よかったね」「ほう、来たかい」「いいわねぇ、一緒にお風呂に入れて」「ほんにゃぁ、極楽たい」「気持よさそうだねぇ」「ああ、気持んよかよぉ」
体も髪も洗い終わったばあちゃんが風呂から出たので、浴槽の反対側に入り直して、賑わう洗い場をしばらく眺めていた。着替え場と浴場とをショートパンツや車椅子が行ったり来たりするうちに、体を洗い、髪を洗い、湯船につかる姿が一人二人と減っていく。普段、比較にならないほどの大人数を相手にしているだけあって、実にスムーズに、しかも、実にゆったりとばあちゃんたちの入浴タイムは終わった。