テレビがついていて、ベッドに横になっていた。
こんちは、と声をかけると、ああ、こいがついとるけん、むにゃむにゃむにゃむにゃ、とひとしきり何かをつぶやいてから、来てくれてよかったぁ、と笑顔。
ベッドの頭のほうを起こして、耳かきをしているうちに、尻っぺたの痛さぁと言い出したので、頭を低くすると、もうよかろう・・・。
今日は入れ歯をしていない。昼食後の洗浄タイムか、あるいは、やっと外しっぱなしに慣れたのか。
スタッフに怒られそうだが、今日は驚くほどにおいがない。お盆のせいか、来客も多い。戦争をテーマにしたテレビドラマをぼんやりと見ている。頭が痒いのかしきりにいじくる。時折ブラッシングをしてみる。しばらくすると、また、掻いている。あの時代を思い出しているわけでもあるまいが。
おやつにヨーグルトとお茶。半分ぐらいすんだところで、例の如くスプーンを口に持っていこうとしなくなったので、買ってきた紅イモのムースを渡すと、食べ始めた。なつかしい味だろうか。布団を整えようとして、ベッドの上に入れ歯があるのに気がついた。食べかすを洗って、コップにつけた。まだ使っているようだ。ムースを食べているあいだは、入れ歯を所望しなかったけれど、思い出したら、やっぱり入れ歯をしたいと言うのだろうか。不要だと思うのだけれど。母の生前、かなりの時間と金をかけて作った立派な代物ではあるが、金具を填め込む歯にガタが来ていて、いまの状態では、新しい入れ歯を作ることもできない。しかし、92にしてなおも、自分の歯がある、というのは、大したものだ。歯っ欠けばあちゃんの笑顔、なかなか魅力的だ。
テレビに見入っている。
上から三分の一ぐらいのところで折れ曲がるストローをお茶の入っているコップにさして渡すと、グイグイグイグイ、休みもせずに飲み干した。ストローでの一気飲み。酔いそう・・・。いろいろな力が、体の方々からなくなっていくのが、老いなのだろうけれど、赤ん坊が乳を吸うように、最初に覚えた力は最後までなくならないのか。
ちょっとうとうとしながら、テレビを見ているところに、オムツを交換しにスタッフが来た。4時ごろだったが、スタッフが去った直後に、尻の中の方が痛いとか、出てきよる気のするとか、見るからに不快そうな顔をした。通りかかったスタッフに話すと、確かに濡れていたらしい。オムツ交換に刺激されてしまったのだろう。こんなことぐらい、孫がすりゃいいんだよなぁ。でも、一緒に暮らしていたころのことは遠退いて、腰も引けている。まだ自分でトイレに行けたころ、一緒にトイレに行ったり、あとを手助けしたりしたのも、もう数年前になる。いまの自分には出来なくなっている。
続けざまにお尻を人に見せて、ばあちゃんも気持ちが萎えたのかもしれない。どぎゃんすっとじゃろかぁ、とつぶやいた。何ばしよるとかねぇ。
ほんとに、こうして、日がな一日、寝て、食って、糞して、自分もそうだけれど、何やってるんだろねぇ。役に立つ働きをしていれば価値があるってもんじゃないよ!! と開き直ってみる。
気がつくと、ベッドも濡れていた。スタッフに言うと、古いオムツカバーだと漏れるのだそうだ。
帰ろうとすると、死ぬトキは死ぬケン、さよならば言うていかんね、とのたまわった。