また秋が来た


10月4日

ああ、と言ったっきり、その先言葉が続かない。下顎の入れ歯が入っていない。入れ歯の金具を留める歯は、欠け落ちたのか、抜け落ちたのか、左奥を除いて、まともな歯は残っていない。切り株のような前歯の跡。上顎にはまだ入れ歯が入っている。

言葉を忘れて、頑なに口をすぼめている。言いたいことを言えずにじっとこらえている子どものようだ。

左右に振り分けて、ひと頃流行ったキャンディ・キャンディのような髪型をしている。ついでに、三つ編にしてみた。

耳かきや爪きりを終えると、あちらこちらに視線を動かしては、しばらく、探るように、調べるように、何かを見ている。何か考えているのだろうか。

テレビをつけたが、画面に目を留めることはない。ようやくテレビに視線をとどめて、一言。いっちょん、わけのわからん。

車椅子で廊下を行ったり来たりしている人が、ばあちゃんのひざ掛けをしていた。一緒に暮らしていたころからのなじみのひざ掛けだった。ばあちゃんも、誰のだか分からない服を着ていることもある。そうは言っても、母の形見や、ばあちゃんにと思って買ったり家にあるものを改めて持ってきたりしたものを、誰か他の人が着ているのはあまり見たくないものだ。エゴとセンチメンタリズム。来年は母の七回忌だが、いまだに、生前の母も、ぼける前のばあちゃんも、感傷のタネになる。


秋冬のページに戻る  また10月が来て