99年11月24日

ばあちゃんのふるさと玉名に住んでいる母の幼馴染が、ばあちゃんに会いに行った。
彼女をまきば園に案内した東京に住むやはり母の幼馴染から電話があった。

巻き寿司を作っていたら遅くなっちゃって、4時ごろ着いたのよ。
さすがに海苔は噛切れないようなので、その中味だけ食べさせたらね、おいしそうにいくらでも食べるの。おばあちゃん、あんまり食べるので、おそろしくなってきたのよ。
買っていったカステラを勧めたら、カステラはもういらんだって。

6時から夕飯でしょ。少し味見させてもらった。いい味だった。
折角だからと思って、おばあちゃんに食べさせてあげると、うれしそうにするもんねぇ。そうしたら、甘やかしちゃいけないって注意されてね。でもたまぁにだからいいじゃないねぇ。しょうがないから、あとは自分で食べるのをずっと見てたけど。

もう私たちの名前は分からなかったみたい。ただ時々しげしげと顔を覗き込むようにしてね。

あそこの女の子たち、みんな明るくて、元気で、笑顔いっぱいで。
ほんとに良いところよ。言葉遣いも優しくて、あったかくて。ちょっとふるさと訛りがあるのかしら。わたしは自分のふるさとが嫌いなんだけれど、ふるさとの言葉っていいわねぇ。

母がね、熊本の老人ホームにいたの。半年に一回ぐらいしか行けなかった。

さよならするときに、わたしたち、涙がぼろぼろ出てきちゃって。
ほんとに良いところが見つかってよかったねぇ、って話してたのよ。


99年11月26日

玉名から電話。

おばあちゃんに会ったら、開口一番、言いなはったつよ。

帰るところのあっとじゃろか。どこに帰るとじゃろか。
どこでんよかよぉ。熊本でん、玉名でん。おばさんの好きな所に帰りなっせ。

そう言ったら、なにも答えなはらんとよ。反応しなはらんとよ。

あ〜たたちのことは、見知っとるごたるが、名前は知らん、て言いなはったねぇ。

電話したら駅まで送り迎えしてくれてありがたかったぁ。
あんたのホームページ、いつも玉名から見とるとよ。

明るくて、親切で、ほんとにいいホームたいねぇ。
ずっとそばに女の子がいてくれてねぇ。

アルバムのあったでしょ。あれば見ながらいろいろ話したつよ。

その昔、円光寺というお寺さんに鐘を奉納したことがあり、じいちゃんとばあちゃんと母、それぞれの名が鐘に刻まれている。十数年前にわたしが熊本に行ったときにその写真を撮ってばあちゃんに送ったものが、そのアルバムに張ってある。

円光寺さんへの鐘の話ばしたら、おばさん、反応したつよ。
そしたら、隣にいた女の子、びっくりしなさった。

そんな話をしてくれたおばちゃんたちにもそばにいてくれた女の子にも感謝!


99年12月5日

評議委員会のあと、ばあちゃんのいるムギの部屋に行くと、ベッドが空っぽだった。
人がいた痕跡さえなくなっている。ショックだった。何があったか知らないけれど、何かあったのなら、あらかじめ教えておいてもらわないと、これはこたえる。
介護保険に関係するファックスや手紙は近ごろ多かったのに、ほんの一言事前に知らせるということはしないのか。大したことじゃないと判断されて。介護保険絡みの波紋だろうかとまで疑心暗鬼に駆られ、事務連絡だけで事済んでいるかのような対応に不審の念を抱かざるをえなかった。居室変更になっていただけの話だったが・・・。

西日射す二階から、昼間暖かそうな一階の南向きの部屋。
二階は寝たきりの人が多いので、自力で動ける人々が多くいて、人の出入りがよく分かる一階のほうが刺激になっていいのではという配慮だったとか。

推理ドラマを見ていた。ちょうどラグビーの早明戦をやっていたので、チャンネルを変えると、瞬きもせずにテレビに食い入っている。むくつけき男どもが押し合いへし合い、右へ左へと動いている。

対面した瞬間、顔を認識したのか、にやーっと笑いはしたものの、その後、言葉はいっさい発しなかった。


99年12月23日

クリスマス会。

呆然とした様子で車椅子に座っている。魂が抜けていた。
こういうイベントがあるときは、スタッフが口紅をつけてまわるので、赤い唇は一見すると生き生きとして見えて、通りすがるスタッフが声をかける。
えっちゃん、今日は機嫌がよさそう。

イベント用のおやつは、あいもかわらず、煎餅だったり、ボランティアによる心のこもった手作りクッキーだったりする。そんな固いもんは食べられるはずもない。
チョコまんのようなものを、そのまんま食べようったって、口を大きく開けるにも限度がある。手をべとべとにして千切って、ようやく飲み下す。
紙パックのジュースが配られる。ストローを差して手渡すと、腹のところをしっかり握り締めるから、ストローに口をつける前に中味があふれ出す。ストローを吸う力はまだあるのだ。持ち方が工夫された紙パックがないもんだろうか。

人の多さに疲れて、眠り、なにかのはずみに起きては、また、眠る。
恒例のビンゴが始まった。ばあちゃんの、なんと感動のないこと。

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