第十六話「暁」
 ネオ・シャドウ基地でアイラムがネオ・シャドウマンから報告を受け、驚いていた。
 「アイリムが投降してきただと?今さらにか…何があったのだ。」
 アイラムはとりあえずキング・シャドウに相談すべく、首領の座の前に現れた。だが、そこにいつもいるはずのキング・シャドウの姿はなかった。アイラムが、
 「どこに行かれたのだ?キング・シャドウ様は。」と首をかしげる。
 するとどこからか、キング・シャドウの声だけがアイラムの耳に届いた。
 「アイラム、今日までよくわしに仕えてくれた。」
 アイラムが眉をひそめると、黒衣の首領の声が続く。
 「だがそれも今日限りだ。お前の役目は終った。今よりわしは最終計画を実行する。」
 「どういうことですか、キング・シャドウ様!」と、アイラムが声を上げた。
 「わしはお前の立てた様々な陽動作戦のおかげで、誰にも悟られることなく、ひそかに計画の準備を遂げることができた。」
 「陽動作戦…!」
 「お前には特に功績を認めてほうびをやろう。その首領の座などはどうだ。かねてより内心欲していたものであろう。」と言われ、アイラムは首領の座椅子に目をやった。
 彼はしばらく呆然としていたが、やがてゆっくりとその座のもとに歩みより、 
 「まやかしが!」と怒りに腕を振り上げ、叩きつけて椅子を打ち砕いてしまった。
 「ハハハハハ、欲のない奴だな。では、これでさらばだ。わしはこの悪しき時代にピリオドを打つために旅立つ。人間の意志のもとに自在にエネルギーを生み出す超物理則メカ、ネオ・ジャイアントデビルと共にな。」と言って、キング・シャドウの声は途絶えた。
 「人間の意志のもとに…キング・シャドウ、世紀の大悪人…」
 アイラムは、ここにおいて初めて光明寺博士の正しさを知った。
 「私は人間に操られていたに過ぎんのか。殺す、殺してやる!」
 アイラムが、いわゆる創造者殺害衝動に駈られたかのような言葉を吐く。しかしそこに、
 「兄さん、いや、アイラム。」と背後から声をかける者の姿があった。
 いつの間にか、ミリが姿を見せていたのだ。彼女の兄であるアイラムが、
 「何をしに来た?」と振り返ると、ミリは首のスカーフに手をかけ、
 「決着をつけに来ました。もう私にはこの道しか残っていません。」と告げた。
 彼女がゆっくりとそのスカーフを外しにかかるのを見て、アイラムは慌てた。いつものアイラムならすぐに止められただろうが、今の彼は著しく動転し、そのゆとりはなかった。
 「待て、そのスカーフを外せば、お前の体内の核爆弾が。」
 「私にはとてもマリさんのようにはなれないとわかりました。この上は、マリさんを苦しめる最大のものを取り除くのが私の使命。たとえこの身を犠牲にしたとて、惜しくはない。」
 「待つんだ、今はそれどころではないのだ。」
 「言い逃れはやめて。ネオ・シャドウさえなくなれば、すべてがうまくいくのよ!」
 ついにスカーフは外された。閃光がミリの体内から発生し、一瞬にして膨張し、アイラムを、ネオ・シャドウ基地を飲み込み、巨大な火の玉となった。核爆発が付近のすべてを包み込み、天高くキノコ雲を巻き上げて、一帯を死の世界に変えてしまう…
           ◇                ◇
 しばらくしてマリが姿を見せた時には、あたりは完全な焦土と化し、大地をえぐってぽっかりと開いた巨孔だけが、そこにネオ・シャドウ基地があったことを物語っていた。くすぶり煙を上げる地面のそこかしこに、一度溶けて急激に固まったらしい多孔質の岩石と、
粉々になって飛び散り、空中で溶けては固まりながら降り積もった、雪のような金属結晶が散在する。
 さらに天空からは、白や黒や灰色の燃えかすのようなものが降ってきた。死の灰である。
マリがもし人間なら、命はない。
 「ミリさん、どうしてあきらめてしまったの…私達にできることは、まずあきらめないことだというのに。ネオ・シャドウが滅びても、必ず第二、第三のネオ・シャドウは現れる。まして私達の苦しみは、そんな組織の存在とは関係なく続いていくものだというのに…」
 キノコ雲をとり巻いて、なおもスカイブルーの空はマリを懸命に慰めるかの如く、そのさわやかな色彩をのぞかせていた。
 しかしそこに突然、大地の底深くから轟音が響きわたる。ついで基地の跡から地表を割って、あたかも遮光器土偶のような外形の、超巨大なメカニズムが地上に姿を現わした。 
 無機質のグロテスクな全貌、その表面をくまなく埋めつくす複雑なディテール、天高く雲を貫くようなボディ、それこそがキング・シャドウの言葉にあったネオ・ジャイアントデビルに他ならない。その頭部から、キング・シャドウの言葉が雷鳴のように響き渡
った。
 「ネオ・シャドウは不滅だ。このネオ・ジャイアントデビルのある限り!」
 「ネオ・ジャイアントデビル?」とマリが悲嘆に暮れた顔を上げて眉をひそめる。
 マリの声が聞こえるかのように、キング・シャドウは言い放った。
 「わしの如き賢者の意志を、相い応じるエネルギーに転換する超物理則メカだ。その力の一端を見るがよい。」
 ネオ・ジャイアントデビルの丸い両眼がゆっくりと開く。肉眼では見えないが、その眼の中から強力な電磁波が放出され、いくつにも分岐し、様々に屈折しながら、たちまち空いっぱいに広がっていった。
 すると、突如として大空のスカイブルーの色彩が消滅し、かわって燃えるようなピンクに近い、おぞましい色が天空を包んだ。それもマリの頭上だけではない。みるみるピンク色の空は拡大し、スカイブルーを駆逐して世界中に拡がり、地球をすっぽりと包んでしまった。全世界が、たちまち底知れぬ不安に包まれたのは言うまでもない。
 「どうだ、上空のバン・アレン帯をわしの意志の力が吹き飛ばしたぞ。宇宙からの放射線がまもなく地球上の全生物を死に至らしめる。このわし一人を除いてな。」
 「キング・シャドウ!何ということを…」
 「バン・アレン帯の形成によって地球に生物は誕生できた。これより地球は始原の時代に戻るのだ。」とキング・シャドウは狂気に満ちて勝ち誇った。
 「地球が生まれてより今日まで 50 億年。今日より、太陽の膨張により地球を含む太陽系が消滅するまでやはり 50 億年。この意味がわかるか?今地球の生物が根絶されれば、再び生物が誕生し人類が生まれたとて今日以上の歴史文明を築くことはできぬのだ。」
 絶滅の時間が迫る。邪悪な暁光にさらされた全世界に。
           ◇                ◇
 大地震の後の再建工事の続いていた緑沼市で、駿介がピンク色の空を見上げて言った。
 「父さん、怖いよ…」
 「大丈夫だ。きっと誰かが助けてくれる。」と父親が我が子を抱きしめ、励ました。
           ◇                ◇
地方の一農家で、その家の新妻となっていた女性がやはり空を見上げてつぶやいた。
 「どうなるのかしら、これから…」と
 「こんな時、きっと助けてくれる人がいる。僕の世界では、かならずそうなることになっている。」と、原稿用紙に向かいながら、若い彼女の夫は不安を隠すように言った。
           ◇                ◇
 若い医師が、少し古くなったスズランの造花を大事そうに窓辺に飾り、ラジオを聞いている。ラジオはなにも起こっていないかのように、いつも通りの平和な音楽を流していた。
 「空があんなだというのに何のニュースも流されない。まさか天変地異でも起こって、報道管制でも敷かれているんじゃないだろうな…」と、その医師が不安げにつぶやいた。
           ◇                ◇
 大混乱の路上を、人並みをかき分けて数人の女性達が歩いて行く。ノスタライザー工場から脱出した女性達だ。彼女達は不安に満ちた表情で空を見上げながら話し合っていた。
 「ねえ、何が起こっているの?」
 「わからないわよ。私達、教養ないものね…」
           ◇                ◇
 解散した原発反対グループの女性メンバーが、反対小屋の焼け跡で仲間の一人に、
 「この世の終わりかもね。」と投げ捨てるように言うと、彼女の仲間も、
 「ああ、あいつもおかしくなったままだしな。」とやけ気味になって言うのだった。 
          ◇                ◇
 光明寺博士の研究所の一室で、アキラが窓の外の空の色を見て、心配そうに言った。
 「ミサオ姉ちゃん、こんな時一体どこいっちまったんだよ…」
 「マリさんほど頼りにはなんないけど、やっぱりいて欲しいんだよな、こういう時。」
 ヒロシも寂しげにそうこぼす。その時、
 「アキラ、ヒロシ、一緒においで!」とミサオが部屋に駈け込んできた。
 「ミサオ姉ちゃん!」と二人の少年がミサオの胸に飛び込む。
 「ご免よ、もう離さないから。これから博士と一緒に非難するから、ついておいで。」
 二人の少年と一緒に、研究所の玄関先に停まっていた博士の車に乗るミサオだった。
          ◇                ◇
 全世界の人々が、我が身に迫る危険の意味も知らされず、得体の知れない不安におののいている。マリは、今までになく強く思った。
 「守らなければ、絶対に、守らなければ!」

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