第十三話「同志討ち」

 光明寺博士の研究所の実験台の上に、ミリが眠るように横たわっていた。マリが気を失った彼女の体を研究所に運び込んだのである。マリにロボットを連れて来られる度に災難にあってきた光明時博士は最初大変いぶかしがっていたが、結局はミリに大変興味を持ったのと、マリに熱心に請われて、その少女の体を調べることになったのだ。一通りの作業を終えた博士が、マリに告げた。
 「残念だが、ミリ君の体から核爆弾ははずせない。君の体から核爆弾をはずすのにワルダ−が命を捨てなければならなかったのと同じ理由でね。」
 「それなら、私がこの人にワルダ−と同じことをすれば。」
 「君らしい台詞とは思うがね、それでは私が困る。自己犠牲は迷惑な時もあるんだ。」
 「私はワルダ−を忘れることはできません。せめて、良心回路を。それも完全なのを。」
 「つけてはやれんよ。少なくとも私にはね。良心回路が君達を幸せにするという確信を私自身が持っていない。やるなら君自身の手でやってくれ、そんな残酷なことは。」
 「私は良心回路を持って良かったと思っています。たとえ、それが未だに不完全なものだとしても。だから、私には、不完全な良心回路しかつけてあげられないけれど…」
 「いよいよ君も、ザダムや私や、イチロ−の仲間入りだな。」と博士が苦笑した。
 「博士はどちらにしろ残酷な人です。私が考えそうなことくらいわかっていながら、そんなふうにおっしゃるなんて。」
 「仮説を実証してみただけのことだよ。今の会話も実験の一部だ。そしてまた、実験材料が一つ増える。君には感謝するよ。」と言う光明寺博士だった。
           ◇                ◇
 しばらくたってミリは目を醒ました。枕元にいたマリが、
 「目がさめたのね。安心して、ここは安全な所だから。」と言って小さな鍵を差しだす。
 「これは?」と問うミリに、マリは小さく微笑んで言った。
 「あなたの体に、不完全だけど良心回路を取りつけさせてもらいました。それは、回路の機能をいつでも解除できる鍵です。ミリさんが良心回路なんかいらないって思ったら、自分で解除してください。」
           ◇                ◇
 「そうする権利が、ミリ君にはあるというわけかね。だがそれは別な形で彼女を苦しめるかもしれんよ。」
 光明寺博士が、書斎でマリに語った。
 「まあ、私としては君がそうすべきと判断したプロセスに大いに興味を持つがね。」
 「それと、ミリさんがこれから何を考え、自分をどうしていくかに、ですね。」
 「だが、別に気になることがある。ミリ君の体表は君のと同じ性状記憶合金でできていた。体内に、変身回路もあった。そして君が御法沼へ行く途中で見たビジンダ−に似たロボットの存在だ。今、実験室には誰がいるかね。」
 「ミリさん一人だけだと思いますけど。」
 「まずいな、彼女を一人にしないほうがいいぞ。」
 光明寺博士がそう言った時、研究所全体を揺るがして大音響が轟いた。博士が、 「やはりか!」とマリとともに現場に駈けつけると、壁に大きな穴が開いていた。
 「ネオ・シャドウが、ミリさんを…」
 マリが横たわる者のいなくなった実験台を見て言った。だが博士は部屋の様子を見て、
 「いや、壁の破片は外側に落ちている。」と告げた。
 「それじゃ、ミリさんは自分でこの壁を破って…」
 「ビジンダ−の姿でいる時は冷酷で残忍な悪のロボット。マリの姿でいる時はどうしても悪いことのできない半端者…かつての君の言葉だ。」と博士に言われ、マリは、
 「ミリさん、あなたはどこまで私の影なの…」と表情を曇らせた。
           ◇                ◇
 ミサオやアキラ、ヒロシが、助けを呼ぶべくもない森の中で、またもやネオ・シャドウマンに襲われている。マリの後を追っていった三人が、ネオ・シャドウの監視隊に見つかってしまったのだ。
 だが、その三人を助ける者がいた。一陣の風の如く現われ、たちまちネオ・シャドウマンを追い払ってしまう、つむじ風のようなスカイブル−の小さな影。ミサオが、
 「マリさん?」と、思わず口走った。
 だが、それはミリだった。
 「ありがとう。ええと…」
 「ミリといいます。」と、戦いで乱れたスカ−フを直しながら、ミリは答えた。
 「ミリさん?でも、あんたって、もしかしたら…」
 「マリさんのことを、考えていますね。」とミリが言うと、そこに突然背後から、
 「アイリム!」と刺すような女性の声がして、ミサオ達三人が一斉にふり返る。
 そこには、マリの姿があった。マリは毅然とした態度でミリに迫った。
 「アイリムって、何のことだよ。」などと、ヒロシやアキラが口々にマリに問う。
 「今のあなたが、本当のあなたのはずよ、アイリム。」と自分を指差して言うマリに、
 「何のことだかわかりません。」と、もう一人の人造人間の少女。
 ミリは、あたかもマリが良心回路を取りつけられた後、初めてイチロー達とまみえたあの時のようにとまどってみせた。
 「あなたが人造人間だということは、最初からわかっていました。」
 マリもまた、まるであの日のイチローの言葉をなぞるかのごとく言い放った。
 「でも、私の本性が本当は心の優しい正義の人造人間だなんて言わないでください。」
 「アキラ君、ヒロシ君、あなた達はイチロ−さんにこう言ってくれたわね。変な言いがかりはよせ、こんないい人がシャドウのビジンダ−だなんてうそだと。でもイチロ−さんの言う通り私はビジンダ−だった。私はシャドウで生まれた中途半端なかたわの人造人間だと私は言った。そしてこの人は、ネオ・シャドウのアイリム。」
 「いや、かたわなんかじゃなかったわ。あなたは。」
 ミサオのその言葉を待っていたように、マリは言い切った。
 「そう、だからミリさん、あなたも同じです。今のあなたが、本当のあなたのはずです。」
 「いいえ、できないわ、マリさん。私はネオ・シャドウで作られたロボット。そして私の使命はマリさん、あなたを殺すこと。」とミリはマリ達から離れて腕を十字に組んだ。
 「チェンジ、アイリム!」と彼女が両腕を横に拡げ、跳躍し、空中回転する。
 その名の通り、ミリの体は僅か1ミリ秒でアイリムに変身してしまった。
 「アイリム、あなたはやっぱり…」と、マリが失意の色を隠しきれずに言う。
 「アイリム、私はあなたと戦いたくない。私の腕では不完全な良心回路だけど、私なりに精一杯やったのよ。あなたの体にはもう良心回路がついている。アイリム、私はあなたを敵に回したくない…」と訴えるマリだが、アイリムは彼女に明らかな敵意を見せた。
 「アイリム!」
 「マリさん、あなたがどんなことをしても、所詮私はネオ・シャドウで作られた悪のロボット。私はあなたを殺すために作られたロボットなのです。」
 「わかりました。もう、何も言いません。アイリム、来なさい!」
 「マリさん、勝負!」とアイリムはついに自ら身構えたマリに立ち向かう。
 「マリさん!アイリムを殺さないで!」と、そこにアキラとヒロシが割って入った。
 「もっと話せばわかるはずじゃないか!アイリムを助けてあげて!アイリムは悪者なんかじゃない!」と二人が叫ぶと、マリは待っていたかのように構えを解いた。
 <よかった、あの時と同じようにこの子達は…>
 「マリさん、ちゃんとこうなることを予想して…」とミサオがつぶやく。
 「アイリム、子供達の言葉が聞こえないの?」とマリは二人を挟んで立つアイリムに。 「おどき!」と肘を左右に突き出し、自分の胸に両手をかざしてアイリムは叫んだ。
 「アイリング!」とアイリムが胸からリング状レ−ザ−を放ち、マリが素早くかわす。
 レ−ザ−は彼女の背後の木立ちに当たるかに見えて、その木陰に隠れていたネオ・シャドウマンを吹き飛ばした。マリが驚きつつも笑顔を見せる。
 「アイリム、よかった…」と胸を撫でおろすマリだが、そこにアイラムの声が響いた。
 「マリ、喜ぶのはまだ早いぞ。それで私の妹分を味方にしたと思うな。」
 「アイラム、姿を見せてください。」
 妹の声に答えて、アイラムの立体映像が一同の前に姿を現わした。その手には、柄の部分にコウモリの翼のような飾りのついた、杖のように長い横笛が握られている。
 「これを見ろ、何かわかるな。」とその横笛を示すアイラムに、マリは息を飲んだ。
 それは、かつての悪の秘密結社、ダークの首領、ギルの笛と同じものだった。
 「ダークのプロフェッサー・ギルにならって作成した音波笛だ。これがある限りアイリムは私から逃れられん。」
 笛を口にするアイラム。怪しげな音色が鳴り響き、アイリムは耳を押さえて苦しみ出した。しかも、マリ自身までもが同じように苦しみ始める。ネオ・シャドウ基地で、
 「これはよい。アイラム、もっと吹き鳴らせ。あの娘とて所詮元はシャドウの裏切り者ということだな。」とキング・シャドウが狂喜し、アイリムが命令に負けそうになって、
 「マリ、マリ…死ね…」とマリに手を伸ばし、彼女の首を締める。
 「アイリム、いけない…」と、マリは反撃もできず苦しむばかりであった。
 ミリの意識が、アイリムの電子頭脳の中で懸命に音波笛の命令と闘い続けていた。その影響でアイリムの手がわずかに緩み、マリがその隙をついてアイリムから逃れる。アイリムは音波に苦しみながら、ボディのどこからか、例の鍵を取り出した。黒衣の首領が、
 「何だ、あの鍵は?」と眉をひそめる。
 アイリムの手が、鍵を胸の鍵穴に刺し入れようとした。だがマリには、その手が微妙に震えているのが見えた。鍵の先端が鍵穴の前で止まり、穴の中に入らない。
 「どうした、アイリム。」と、アイラムの立体映像が焦ったように呼んだ。
 だが、アイリムはそのまま動じず、彼女の目はただその鍵だけを見つめ続けている。アイリムの電子頭脳の中でその鍵のイメージがみるみる大きくなっていった。そして、
 「兄さん、いやアイラム、もう私はあなたには負けない!」と、ついに彼女は叫んだ。
 「何だと!」と驚くアイラムの目の前で、アイリムはその鍵を地面に投げ捨てた。
 「この鍵が私を強くした。こんなものに負けちゃいけないと思う心が私を強くした。」
 アイリムが胸を張って言いきる。マリはその言葉に苦しみを忘れて微笑みを見せ、アイラムは失望して笛を投げ捨てた。アイラムの立体映像が、かき消すように消滅していった。
           ◇                ◇
 「しかし、アイリムは本当にネオ・シャドウマンが隠れていると知ってレーザーを発したのかね。もし君がかわさなかったら…」
 光明寺博士は、研究所に姿を見せたマリからその時の一部始終を聞いていぶかしがった。
 「いいんです。問題なのは、これからなんですから。」
 マリはそう言って、希望に瞳を輝かせていた。
 そんなマリを、博士は頼もしげに見守っていた。何パーセントかの不安も感じながら。

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