十二話「爆破」

 ネオ・シャドウの本部基地で、キング・シャドウが、壁面に埋め込まれた大型モニタースクリーンに、今までに倒されたネオシャドウ・ロボの戦闘記録フィルムを映し出して、一人で憤りの声を上げていた。マリの意外な強さと、ネオシャドウ・ロボの脆さのために。
 「駄目だ、あの小娘め。このままでは駄目だ。我がネオ・シャドウにはあの小娘と対当に戦える戦士はおらんのか。アイラム!アイラム!悪魔の子、我が愛しのアイラムよ!」
 「はい、キング・シャドウ様。」と、アイラムがどこからか姿を現した。
 「おお、そこにいたのか、アイラム。」と、キング・シャドウ。
 「何もおっしゃいますな、キング・シャドウ様。お心はよくわかっております。マリ必殺作戦は、すでに着々と始めております。いかに悪には強くとも女子供には弱いマリの欠点も、十分に研究済みでございます。」
 「今度こそあの小娘を倒す自身があるというのだな。」とキング・シャドウに問われ、
 「はい、マリの墓場はもう決まったも同然。ここ御法(みのり)沼近くの平原でございます。」と、アイラムはモニタースクリーンの画像を切り替え、指差して言った。
 その画面には、日本のどこにあるのか、美しい沼とその周囲の山林の様子が映し出されていた。キング・シャドウがその風景を一瞥して、
 「ん?おお、きれいな空気、きれいな水、きれいな緑か。わしの一番嫌いなものだ。早くスイッチを切れ!」と声を上げると、アイラムが告げた。
 「もうしばらくご覧ください。この平原はただちにキング・シャドウ様のお気に召す風景となりましょう。」
 その画像の中の沼、御法沼の中から、新たなネオシャドウ・ロボが姿を現した。
 「これがわがマリ必殺作戦の重要な役割を果たす一員、マグニチュード・ナマズ戦闘強化型、ボルト・ナマズです。」
 アイラムの言葉の通り、そのネオシャドウ・ロボ、ボルト・ナマズはマグニチュード・ナマズによく似た姿をしていた。その怪物は岸に上がったかと思うと、背中の主砲を、
 「ボルト・ナバロン!」と連続発射し、沼の周辺に次々と叩き込んだ。
 美しい沼が、見る間におびただしい岩砕と土砂で埋められってしまった。さらに、 「ボルト・ナパーム!」と怪物の口からナパーム弾が連射され、付近が火の海になる。
 たちまちのうちに、御法沼とその周辺は荒廃した焦土と化してしまった。
 「ハハハハハ、すごい、すばらしい。これこそ現代文明の権化とも言える優秀ロボットだ。美しい自然など叩き壊せ!自然破壊なくして文明の発達などあり得ないのだ。」
 「ご覧いただくのはこれからです。只今も申し上げましたように、ここがマリの墓場となるものです。」
 ボルト・ナマズの全身には、マグニチュード・ナマズと同様に、ハリネズミの如く多数のドリルが生えていた。
            ◇                ◇
翌日、光明寺博士は研究所の自室にミサオを呼び出して告げた。
 「ミサオ君、今気象台から問い合わせの返事があったよ。日本上空には今のところオーロラを発生させるような磁気異常は起きていないということだ。」
 博士の机の上には、その日の朝の新聞が広げられていた。その紙面には、ピンク色のオーロラが写っている。ミサオがその新聞を見ながら、
 「それじゃ、どうして御法沼の上空にオーロラが?」と首をひねると、光明寺博士は、
 「わからんが、マリ君がすでに御法沼に出かけている。彼女ににそのことを伝えてやってくれ。」と言うのだった。
           ◇                ◇
 その時も、マリは御法沼に向かう道を歩いていた。
 イチローやジローのように高速移動用の特殊マシーンを持たないマリの移動手段は、どこへ行くにも基本的に徒歩である。実は、光明寺博士が何度か彼女にマシーンの提供を申し出たことがあったのだが、いつもマリはそれを固辞していた。それは光明寺博士に新たな装備や能力を与えられる度に不幸の種を背負ってきたという経緯のせいでもあったが、それ以上にマリは地上を自分の足で歩くのが好きなのだ。そのおかげで彼女はより多くの人々に出会うことができ、イチロー達が高速で走り抜けて見落としてきた、人々のささやかだが大切な喜び、小さいが深刻な悩みに接することができ、それらを分かち合って来れ
たのだと思っていた。
 だが、その時ばかりはマリも迅速な移動手段が欲しかった。彼女が何度も繰り返し自分の行く手の上空を見上げ、その度に眉をひそめる。そこにはピンク色のオーロラが不気味に輝き漂っていた。
 そして、マリが足どりを速めた時、目の前で、彼女の過去を知ってさえいれば、誰でもあっと驚くようなことが起こった。
 オーロラから小さな星々が一塊りになって大地の一点に降り注ぎ、その地点から無数の花々が周りにひろがり咲き始めたのである。しかもその中心から、一体のロボットが跳び出し、空中回転してマリの目の前に降り立った。その姿は、かつてのビジンダーにそっくりではないか!マリは、心の中では激しく動揺しながら懸命に冷静を装い、 <敵か?味方か?>とそのロボットの前で身構えた。
 そのロボットは、一瞬マリに戦いを挑むように手刀を構えた。だが “彼女”はマリに、
 「私の名は、アイリム!」と名乗り、あたりに響き渡るような笑い声だけを残し、 「たあっ!」とジャンプして、木々の間へとたちまち姿を消して行った。
 <できる…もし敵だとすれば、恐ろしい奴だわ…>
 マリは、あの日のイチローの如く戦慄して空を見上げ、地面を見回した。ピンク色のオーロラも、地上に咲き乱れていた花も、いつのまにか魔法のように消え去っていた。
           ◇                ◇         
 ミサオは、アキラ、ヒロシとともにマリの後を追っていた。
 森の中を歩く三人に、いくつもの黒い影が忍び寄る。それに気づいたアキラが、
 「…ネオ・シャドウマンだ!」と叫んだ。
 彼が指差す方向から、手に手に武器をもった機械仕掛けの刺客達が姿を現わした。
 「逃げろ!」とミサオが二人の少年の手を引いて走り出す。
 「こっちよ!」と声を上げる彼女だが、その前にネオ・シャドウマンの別働隊が現-た。
           ◇                ◇
 三人が挟み撃ちにあって窮地に陥っている頃、そのすぐ近くで、まるで別世界の出来事のように、木漏れ陽の照らす森の中を、首にピンクのスカーフを巻いた少女が歩いていた。それは、どこからか渡辺宙明ばりのハープの美しい音色でも聞こえてきそうな光景である。
 そこに、ミサオ達三人が逃げて来た。彼女らを追って、ネオ・シャドウマン達も姿を見
せる。三人が突作にその少女にすがりつき、口々に、 「助けて!」と叫ぶが、四人はたちまちネオ・シャドウマン達に取り囲まれてしまった。
 「駄目だよ、こんな人に頼んだって!」と、アキラが可憐で華奢な少女を指して言い、 「駄目だ、どうしよう…」とミサオ達が脅えている間にも、包囲の輪が縮まっていく。
 だが、その少女は突然鋭い気合いと共に、居並ぶネオ・シャドウマン達に跳びかかっていった。次々と繰り出す蹴りや突き、投げ技の応酬で、たちまちのうちにネオ・シャドウ
マン達が撃破されてしまう。小さな微笑みだけを残して駈け去っていく少女を見送り、 「かっこいい…」とつぶやきながら、アキラは不思議な既視感を感じていた。
 それは、少年達が初めてマリに出会った瞬間の再現に他ならなかった。アキラだけではなく、ミサオも、ヒロシもその時のことを思い出し、時間が逆行したかのような錯覚すら感じて、思わず顔を見合わせたのだった。
 とても少女とは思えない彼女のアクションであった。この謎の少女は一体何者なのであろうか。
           ◇                ◇
 それからしばらくして、御法沼近くの公園で、人々が悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
 ボルト・ナマズの襲撃であった。そこに駈けつけたマリが、人々を救うためにボルト・ナマズに立ち向かう。その怪物は、口のまわりに生えていた四本のヒゲを伸ばして、
 「ネオシャドウ・ロープ!」とマリの手足に巻きつけ、行動の自由を奪った。
 さらにボルト・ナマズは、そのヒゲを通じてマリの体に電流を流し込んだ。マリが、
 「ああっ!」と苦痛に表情を歪める。
 だがその時、もう一つの小柄な人影がボルト・ナマズに跳びかかり、鋭い手刀で四本のヒゲを断ち切った。ボルト・ナマズがうろたえている間に、ミサオ達を救ったばかりのその少女は、怪物から素早く跳び離れたマリのすぐ隣りに、一跳びで並び立った。
 「あなたは?」と、放電で傷ついた体で問うマリを気遣いながら、その少女は名乗った。
 「ミリといいます。仲間になります。」
 マリは人造人間であるから、人間のように成長して容貌が変化することはないはずである。だが、人々との交流や悪の組織との戦闘を通じて幾多の体験を経てきたマリは、最初にこの世に姿を現した時よりはいくぶん大人びて見えるようになっていた。それに対して、ミリと名乗ったその少女はとても幼い雰囲気で、初期のマリに現在の本人以上に似ているように感じられた。
 そこにネオ・シャドウマンが次々と現れる。マリは、ミリの本心を確かめるいとまもなく、彼女と共に戦わざるを得なくなった。ボルト・ナマズの目の前で、二人の技が居並ぶ刺客達を片端から打ち倒してゆく。その戦いの中で、マリはミリの動きが自分とまったく同じだと気づいた。
 <あの、空手のような技は、一体誰から…>
 だが、配下を次々と倒されたボルト・ナマズが、ついにミリに襲いかかった。ミリに向かってボルト・ナバロンが放たれ、その衝撃で彼女が気絶してしまう。
 怪物がミリを軽々と抱きかかえ、マリに向かって叫んだ。
 「お前の墓場は別に用意した。この娘を返して欲しくば御法沼近くの平原まで来い!」
 ボルト・ナマズがミリや生き残ったわずかなネオ・シャドウマン達とともに姿を消す。マリはその場に一人取り残されて、呆然と立ち尽くすばかりであった。
           ◇                ◇
 そして、平原の中央で待ち構えるボルト・ナマズ。その足元に倒れたまま、ぴくりとも動かないミリ。またもあの日の戦いの舞台が、イチローをマリに置き換えて再現されていた。
 「さあ、どこからでもかかってくるが良い!」
 ボルト・ナマズが原型であるマグニチュード・ナマズ、さらにはそのプロトタイプではないかと思われるシャドウロボット、公害ナマズゆずりの巨体を震わせて叫ぶ。
 マリは、その叫びが聞こえる所まで近づいていた。彼女が岩陰から右のこめかみを押して様子をうかがうと、怪物の周囲にピンク色の輝きがいくつも浮かんで見えた。自我地雷はその名の通り、独立した悪の自我を持っているのだ。マリは、 <やっぱり、か。でも…>と、自分が公害ナマズの虜となった時のことを想い出した。
 その時、人造人間イチローは、危険を冒してでもマリを助けようとしてくれた
 <あの時、イチローさんは公害ナマズの液体爆弾を恐れなかった。今度は、私の番なんだ…>と岩陰から立ち上がり、マリはまっすぐにボルト・ナマズの方へ歩き出した。
 ボルト・ナマズの足元に倒れているのは、かつての自分自身なのだ。マリの熱意は、否応もなく燃え上がった。ボルト・ナマズが、
 「今だ、襲いかかれ、自我地雷ども!」と命じる。
 だが、地表には何の変化も現われなかった。ボルト・ナマズが慌てて叫ぶ。
 「どうしたのだ、お前達は俺の分身ではないか!」
 だが、ネオ・シャドウ基地ではアイラムがキング・シャドウの目の前で平然として、
 「久しぶりに感応型良心回路の発動ですな。」と言った。
 「どういうことだ?デシベル・ゴリラの一件以来、ネオシャドウ・ロボへの自我支配は何があっても外部からの影響に屈せぬように強化されているはずだぞ。」と、黒衣の首領。
 「自我地雷への自我支配はボルト・ナマズへの支配ほど強くありませんので。キング・シャドウ様、すべては計略の内。ボルト・ナマズは捨て駒に過ぎません。」
 ネオ・シャドウ基地での両者の冷酷な会話と対照的に、マリが良心スコープで見た地中の自我地雷の色は、いつしかピンクからスカイブルーに転じていた。
 「みんな、ありがとう…」
 自分の側に回ってくれた地中の伏兵達に、マリが感謝のつぶやきを漏らす。
 自分にゆっくりと迫って来るマリに、ボルトナマズは怒って口を開け、主砲を向けた。
 「俺の武器を一斉に発射すれば、いくらお前でも、もちはすまい!」
 ボルト・ナマズのすべての武器による全面攻撃の構えだった。マリに危機が迫る。
 だがその時、地中から小さな物体が幾つも飛び出し、ボルト・ナマズに激突した。それらが次々と爆発し、ボルト・ナマズの巨体がたちまち爆煙に包まれる。
 自我地雷達が自分達の意志で一斉に飛び出し、体当たり攻撃をかけたのだ。ボルト・ナマズが、マリの目の前で大爆発を遂げた。マリがその一瞬の出来事に息を飲み、呆然と立ち尽くす。彼女にとって、それは自分自身が撃破されるより悲惨な光景だった。
 「どうして、どうしてなの…みんな、どうしてせっかく目覚めた自分自身をもっと大切にしないの…私のどこに、それ程の値うちがあるって言うのよ!」
 嘆き悲しむマリを見ながら、アイラムが基地の中にいたネオ。シャドウマンに命じた。
 「作戦は最終段階に入った。激痛回路のスイッチを入れろ!」
 「そうか、わかったぞ。あの娘の体内には…」
 キング・シャドウが弾かれたように口走った。それと同時に、マリが忘れかけていた苦痛に襲われ、胸を押さえて苦しみ出す。そしてミリが意識を取り戻し、なぜか彼女までもが首のまわりを押さえて苦しみ始めた。
 「今、マリはボルト・ナマズを倒して安心し、さらに自我地雷の犠牲を悲しんでいまし
た。そこを激痛に襲われて、果たして冷静な判断力を維持できますかどうか。」
 「ミリをマリ同様、心優しいロボットに設計したのも、マリがミリをどうしても助けたくなるようにしむけるためか。アイラム、さすがはザダムを継ぐ者だな。」と首領。
 「あの心優しさが、マリの命とりです。」と、アイラムが苦しむマリを見ながら言
った。 「よくやったぞ、ミリ。あとはマリもろとも木っ葉微塵に吹っ飛ぶのだ!」と首領。 <激痛回路のスイッチを入れたな…でも、私はもう爆発しない。これをはずせば…>
 マリが自分のブラウスの第三ボタンをはずす。激痛はピタリと止まった。彼女の体内の核爆弾は、すでに取り除かれているのだ。マリが苦しみ続けるミリに駈け寄り、
 「じゃ、この人は…」と抱き起こすのを見て、アイラムは感心したように言った。
 「ほう、激痛から逃がれる術を考え出すとは。しかしマリも、もうここまでです。」
 「スカーフを、スカーフをゆるめて…」と哀願するミリに、マリが手を伸ばす。
 「もしかしたら!」
 マリは慌ててその手を止めた。脳裏に自分の過去のことが浮かび上がる。
 「失礼!」とミリのみぞおちを一打し、彼女を失神させるマリだった。
           ◇                ◇
 キング・シャドウは、平身低頭のアイラムをたまりかねてののしった。
 「馬鹿者!あの詰めの甘さは何だ!お前が今まで立てた中では最低の作戦だ!」
 「お許しください、キング・シャドウ様…こうなれば、妹の力を借りてでもマリを。」
 「何?お前に妹にあたるロボットがいたのか?」と問うキング・シャドウに、
 「はい、ビッグ・シャドウ様に、兄上に当たるキング・シャドウ様がおられたのとまったく同じに。わが妹、アイリムはすでに敵の懐中に忍び込んでおります。」
 アイラムが、辛うじて普段の不敵さを取り戻す。キング・シャドウはひそかに考えた。
 <アイラムは俺に自我支配されていることを知らん。今の愚かさも、所詮ロボットなど機械に過ぎぬということか…>
           ◇                ◇
 気を失ったままのミリを背負って、マリは帰途についた。彼女は肩越しにそっと、 「ミリさん、きっとあなたは、私が…」とミリにささやくのだった。

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