Story #002: 入国審査
私が初めて、米国の地として踏んだのは、San Francisco International Airportだった。出発の前、留学斡旋会社で、米国でのことついて色々なレクチャーを受けた。当然、入国時に関してのこともレクチャーされたのだが、それによって、かなりビビらされることになる。入国時、しっかりとした受け答えをしないといけない(らしい)。渡米前に、1年8ヶ月、某・英語学校へ通い、一生懸命、英語習得に努めたが、果たして、私の英語能力でだいじょうぶなのか?
友達の何人かは、海外渡航の経験があり、「あんなもの、楽勝。」と言っていたが、私の場合、正規留学である。米国は、観光に関しては、ビザなし渡航で入国できるが、私の場合、F-1ビザでの入国。当然のことながら、不法就労など許されないわけだし、3ヶ月以上滞在可能なビザでの入国は、審査も当然、厳しくなることは、想像できた。だから、入国審査の時に、本当に私が米国の学校で勉強するに足るだけの能力があるか、審問されると思いこんでいた。
今から考えると、考えすぎるのもたいがいにしろ、と言われそうなくらいの警戒ぶりである(笑)しかし、当時の私には、とにかく「おっかない国・ちょっとしたことで難癖をつける国・米国」というイメージばかりが先行していて、どうにか到着したのはいいが、いきなり、米国に入国することもかなわず、追い返されるのではないか・・・という気持ちが払拭できなかった。001:初めての飛行機で、語ったような経過を経て、どうにか無事に到着はしたものの、入国審査は、裁判を受ける被告のような気持ちにさせるのに、十分だった。
飛行機を降りて、他の乗客の後に続きながら、なんとなく、バケッジ・クレーム(手荷物受取場所)へと到着した。人について行く・・・日本時的な知恵(笑)しかし、いくつも荷物の引き取りテーブルが回っていて、うろうろして、ようやく自分の飛行機から降りてくる荷物が出てくる(らしい)テーブルを発見した。テーブルの周りには、アメリカ人なのか、他の国の人なのかわからない人たちが、自分の荷物を早く受け取ろうと群がっていた。バケッジ・クレームには、無料?らしいカートが、たくさん並んでいたので、自分も(他の人に倣う形で)手元に引き寄せて、自分のスーツケースが出てくるのを待っていた。
しかし、荷物はどんどん出てくるにもかかわらず、いっこうに私の荷物は出てくる気配はなかった。自分の荷物を見つけた人は、テーブルに駆け寄ると、カートに荷物を載せて、立ち去ってゆく。三分の二くらいの人が荷物を引き取った頃、ようやく見覚えがあるスーツケースが出てきた。慌てて、駆け寄って、自分のスーツケースを拾い上げると、カートの上に乗せた。ほっと一安心したのも束の間、いよいよ、入国審査場へと向かうことになる。
入国審査のゲートには、すでに溢れんばかりの人だかりができていた。一番、列が短そうなゲートに並ぶ。並びながら、バックパックの奥に大事しまってあった、パスポート、I-20(学校の就学許可証)、I-94(入国申請書?)、税関申請書を取り出し、手にしっかりと握りしめた。そして、入国審査の時に聞かれ(であろう)質問と、その模範解答を、自分の番が来るまで、ずっと繰り返していたが、列は遅々として進まず、不安は、どんどん増大していった。さらに、私の不安を増大させたのは、迎えに来ているはずの人との待ち合わせ時間が、どんどん近づいてきて、やがて、過ぎてしまった。
しかし、私にはどうすることもできない。迎えの人に会えなかったときのための緊急の連絡先のメモがバックパックの中にあったので、再び、バックパックの中をかき回して、それがあることを確認する。しかし、仮にその連絡先に電話をしなくては行けない事態になったとき、はたして、ちゃんと意思疎通できるのであろうか?そう考えると、ますます不安が増大してきた。
そんな不安に、じっと耐えながら列が進むのを待っていると、ようやく私の順番が回ってきた。荷物を引きずりながら、手に持ったパスポートなどいっさいを審査官に渡した。すると、その審査官は、面倒くさそうに、税関の用紙を突き返して、I-20を乱暴にめくり始めた。そして、ホチキスで留めてある数ページのうち、自分の必要なページだけをはぎ取ると、残りを私に突き返してきた。この間、無言。いつ、何を聞かれるか、私は、ずっと緊張していた。彼は、書類をぞんざいに、めくったり、所々にスタンプを押したりしながら、しきりとあくびを繰り返していた。
緊張している私と、まるで緊張感のかけらもない入国審査官。ほとんど、漫画のような情景だった(笑)やがて、一通りの彼の仕事が終わったとき、ふと視線を上げて、私の顔を見て、"Are you a new student?"と聞いてきた。"Yes."私が、小さく答えると、彼は、私のパスポートとI-20を手渡しながら、"Good luck."と言ったような気がした。そして、その審査官は、"Next!"と言って、次の入国者を呼び、もう私の方には見向きもしなかった。911テロの前は、本当に簡単に入国できてしまっていたんだなぁ・・・と、今にして思えば、しみじみ感じる。もっとも、日本のパスポートという威光があったからのことなのかもしれない。
あっけないほど簡単に済んでしまった入国審査に、しばし呆けてしまった。それと同時に大きな安堵感を感じた。税関では、本当に、ただ税関の用紙を渡しただけで通過。そして、税関を通り抜けた先には、外へ通じる白い曇りガラスの入った扉があった。この扉は、私にとっては、米国への扉。ここを一歩出たら、そこは、本当の意味での米国が広がっている。そしてまた、それは、これからの悪戦苦闘へと続く扉でもあった。