考証3 対戦車槍の正体
戦場のヴァルキュリアにおいて、歩兵の中でもひときわ異彩を放つのがこの対戦車兵。着ているものは通常の歩兵とは異なる装甲服ですし、なんと言ってもあの巨大な対戦車槍の大きさとデザインは、一度見たら忘れられません。
ところがこの対戦車槍に考証を加えようとすると、厄介なことになります。なぜかというとこれ、戦車に与えるダメージは大きいが、歩兵に与えるダメージはそれほどではない武器だからです。勿論歩兵相手だってヘッドショットなら大抵一撃ですが、それ以外では2〜3発必要なのが普通。場合によっては戦車を撃破するより歩兵を倒す方が、命中率を無視しても弾数が必要だったりします。まあ、普通は対戦車兵で歩兵を相手にすることはあまりないので、困らないのですが…
現実的には、戦車を破壊できる兵器はそれだけ威力の高い兵器である訳ですから、これが歩兵に命中しようものなら、腕や足でもない限り即死確実です。
対戦車用の砲弾として、第一次〜第二次世界大戦でよく使われていたのは徹甲弾。まあ簡単に言ってしまうと、砲弾の形をした鋼のかたまりです。できるだけ口径の大きな鋼のかたまりを、より速い速度で発射することで、装甲版を砕き、穴を空けてダメージを与えよう、という発想です。
ところが戦車の装甲の進化、特に傾斜装甲といって、弾を斜めに当てることで徹甲弾を弾いたり、見かけの装甲の厚さを増やす工夫により、ただの鋼のかたまりでは貫徹しにくくなってしまいました。
そこで別のアプローチが生まれます。まず出てきたのがHEATと呼ばれるもの。炸薬の形状を工夫することで、命中したときに狭い一点に高温のジェット噴流を作り出し、熱で装甲版を溶かしてしまう、というものです。威力に関係するのは弾の口径で、初速は関係ない、という性質があるので、歩兵用の対戦車火器のほとんどは、このHEAT弾を用いています。
次に挙げるのはHESHあるいは粘着榴弾と呼ばれるもの。この砲弾、中の炸薬が柔らかい可塑性のものになっており、装甲版に命中すると、壁に泥団子を投げつけたときのように、装甲版にへばりつきます。この状態で爆発することにより、強烈な衝撃波が装甲版に加わり、装甲版の反対側、すなわち戦車の内側の鉄が剥離飛散し、これにより戦車内部にダメージを与えます。
最後の一つが、APPDSとかAPFSDSとか、ものによって違いますが長〜い略称を持つもの。名前は長いですが基本原理は簡単。発射直後に弾が分解して、細い鉛筆に羽根がついたような形状の「芯」部分だけが飛んでいきます。大きな弾に与えられたエネルギーで、細くて軽い「芯」だけを飛ばすので空気抵抗が小さくなって、命中時の速度が格段に上がり、貫徹しやすくなるというものです。
ではこの中で、対戦車槍に使えそうな弾はどれか。まず普通の徹甲弾ですが、これで戦車を破壊するには高い初速が必要になります。いきおい長い砲身から大きな弾を撃ち出すか、撃ってからロケットで加速するか、になりますが、先に弾頭をはめ込むような対戦車槍のスタイルでは、砲身を長くする、というわけにはいきませんし、撃ってからロケットで加速する場合は、加速する前に命中すると威力が激減します。ほぼ零距離から撃つことも珍しくない対戦車槍には向きません。
次にHEAT。現実の歩兵用対戦車火器もほとんどこれなので、一番つじつまが合わせやすいのですが、困ったことにこれの反例となる動画がゲーム中であるんですよね。ゲーム開始直後の、ヨーロッパの世界状況を説明するところで、帝国軍対戦車兵がおそらく連邦のものと思われる戦車を撃破する場面がありますが、このときの戦車、ほぼ弾の大きさと同じと思われる、大きな穴が空いているんです。HEATを使ったときにはジェット噴流が一点に集中しますので、威力は大きいですが、装甲に空く穴は小さなものです。また、威力の大きさを考えると、人間に当たったら即死でしょう。
HESHは基本的に、装甲に穴を空けません。装甲の反対側が剥離するだけで十分なのですから。まあ、あまりに装甲が薄ければ、穴が空いてしまうこともあるかとは思いますが、それでも人間に対する威力という問題は残ります。粘着榴弾と言うだけあって、破片効果は少ないにしても、榴弾と同等の威力を発揮するため、これが人間に命中したら木っ端微塵でしょう。
APPDSは…装甲に空ける穴も小さいですし、速度が速いので人に当たれば威力甚大。これまた条件に合いません。
実は無反動砲+徹甲弾、ということも考えたのですが、やはりあの、筒先から弾頭をはめ込む形式では火薬ガス、あるいはそれに相当するラグナイトの力を、有効に弾に伝えることはできず、初速を上げることができません。いろいろ考えてみたのですが、結果として、現実に存在する技術では、対戦車槍を説明できないことが分かります。
あえてこじつけるとすればこうですね。弾頭が装甲を貫徹するプロセスが、実は化学的なものだった、というもの。相手が鉄であれば急速に溶解するが、人体であればあまり影響がないような薬品があれば、これを弾として使うことで、戦車の装甲は溶かして貫徹し、人間に与えるダメージは、薬品の影響は少ないため運動エネルギーのみとなる。これならつじつまは合いますが、現実にはそんな薬品はありません。強い酸は鉄を溶かしますが、溶解速度は一瞬ではありませんし、人体にも悪影響を与えます。
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