東京星に、行こう‐SCENARIO#1


(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
   ここに掲載するものです。このページの記載内容の全部及び一部の
   複製を禁じます。


第1話 耳をすますと聞こえる過去の記憶と未来の声、
    両親の死 ‥‥猫を拾う(Title Call:桑島法子)

     あしか・・・・・桂川千絵
     喜佐・・・・・・前田このみ
     わか女・・・・・前田千亜紀
     ナオミ・・・・・豊嶋真千子


(Reading:桂川千絵 as あしか)

耳をすますと、両親の魂が天空に昇る音色がかすかに響いてくるようだった。
私は、私を育てた家を見上げた。 私を呼ぶ母の声や、 父の大きな肩の上から見下ろした庭の花の黄色が鮮やかに蘇った。
私は人さし指を噛んだ。涙がこぼれそうだった。
「(喜佐)泣かないでよ、あしか」
お姉ちゃんが先手を打つようにぴしゃりと言った。
「(あしか)だってお姉ちゃんは悲しくないの?」と私は言った。
「(喜佐)わかんない ‥‥遺体だって、見てないし」
草の葉を投げつけられた敏感な魚のように、お姉ちゃんの声は、光の中に散った。

小説家だった私達の父、小沢詩学が、 アメリカの大学に呼ばれて渡米したのは3週間前のことだった。
いつも講演などには単身で向かう父が、今回は母を連れていきたい、と言った。
「喜佐もあしかも大きくなったし、 僕は陸にもっと広い世界を見せてあげたいんだ」と、父は言った。
父は母を名前で呼ぶ人だった。
“恵庭 陸”という名前の響きが好きなんだ、と父は言った。
いいか、あしか、耳をすませてごらん。
言葉と言葉の間に、何が聞こえる?
小さい頃、父はいつも私を膝にあげて、 後ろから抱きすくめるようにして、低い声で私に話しかけた。
パパの心臓の音がする、と私はいった。
それは空の音だよ、あしか、とパパは言った。
そして、王国の鍵でもあるんだ。
王国の鍵?
そう、王国は僕の胸の内側に存在する、
その国の王女は、君だよ、あしか

私は父が大好きだった。
その父も母も、もういない。
両親の乗った飛行機はエンジントラブルを起こして、海に沈んだ。
新月の、水曜日のことだった。

私の名前は恵庭あしか。 その時私は14才で、中学に通っていた。
テレビの臨時ニュースで事故が報じられ、 電話が鳴り始め、私達に両親の死が伝えられた。
私はセーラー服のリボンも解かず、そのまま何日も泣いた。
4つ年上の姉の喜佐ちゃんが、大人の人達のなかで、 現実的な処理をたった一人でこなしていた。
お姉ちゃんは私の前でさえ、一度も涙をみせなかった。
そして全てが終わった時、お姉ちゃんはこの家をでる、と私に告げた。
「(喜佐)あしか、私達、東京にいくのよ」
「(あしか)東京? …いや、あしか 東京なんかいかない。 ここにいる。パパとママが帰るまで、ここで待ってる」
「(喜佐)パパとママはもう帰ってこない・・・ もうどこにもいないの。 死ぬって、そういうことなのよ、あしか」
ちいさな庭に面した出窓に腰かけて、お姉ちゃんは横顔をみせた。
夕暮れの風が、その額を通って前髪を揺らしていた。
私は黙ったまま泣いた。
もうパパはいない。
王国の鍵は永遠に失われてしまった。
私はもう王女ではないんだ。

私達は従者にもう老いた犬、ジョイを連れて旅にでる。
パパとママの築いた王国を飛び立ち、未来の音を探して耳をすませる。
東京で私達がくらすことになる家は、海の近くの古い大きな洋館だった。
東京と海、それに昭和の初めに建てられた洋館という組み合わせは 私を少し混乱させた。

「(わか女)なにかの小説の影響らしいの」
私達を迎えにきてくれた洋館の持ち主である叔母が、 緩い坂道を登る途中で、説明してくれた。
「(わか女)物語のなかで、 主人公はナオミという名前のとても奇麗な少女を連れて海辺の洋館で一夏を過ごすの。 私のお祖父さんはその物語に憧れて、こんな家を建ててしまったの」
大きな箱を開くように門をぬけると、敷石の階段があり、 少し高く作られた玄関が夕陽を浴びて輝いていた。
物語のように喋る叔母の細い腕に、 光がきらきらと反射していた。
叔母、といっても彼女と父は10年以上も年が離れていたので、 彼女はまだ20代だった。
「(わか女)私のことは、わか女って呼んでね。 伊佐坂わか女、よろしくね。喜佐ちゃん、あしかちゃん」
「(喜佐)お世話になります」と、姉は硬くこわばった横顔のまま言った。
叔母は庭に建てられた離れに私達を案内してくれた。
1階と2階に1部屋ずつの小さな館は、
全体が淡く青い色調でまとめられていた。
「(わか女)私が子供の頃住んでいた部屋なの。 気にいってもらえたらいいんだけど」
「(あしか)すごく かわいい・・・」と私はいった。
「(喜佐)鳥籠みたい」 お姉ちゃんは言った。

夜が長く時を越える頃、私はお姉ちゃんのベッドにもぐりこんだ。
眠れないの、というと、お姉ちゃんは黙って場所を開けてくれた。
「(あしか)…鳥籠っていった時、叔母さん、なんだか悲しそうだった…」
天窓からみえる星を数えながら、私は小さく言った。
「(あしか)お姉ちゃん、私達どうして東京にきたの? お姉ちゃん、本当はこっちに来たくなかった‥」
「(喜佐)東京にきたのは、大学がこっちだから。
中学生のあしかを一人だけ置いてくるわけには、いかないし」
お姉ちゃんは寝返りを打った。私はその背中に顔を寄せた。
「(喜佐)それに、わか女おばさんとくらすのは、ママの遺言だから」
遺言? 私は顔をあげた。
お姉ちゃんはもう眠りに落ちていた。
寄せては返す波の音が、夜の闇に響いていた。

翌朝、早く、私は猫を拾った。
庭の緑の葉の影で、眼も開かないままで、 猫は差し延べられる誰かの手を、そっと、待っていた。
「(ナオミ)この子、もうすぐ死ぬ」
見知らぬ誰かの声がした。

Copyright (c) 1996 MADARA PROJECT. All rights reserved.


「東京星に、いこう‐ストーリー」のページ第2話


kz-naoki@yk.rim.or.jp