Baby Baby‐SCENARIO#1


(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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   いる箇所があります。ご了承下さい。


第1話 終末に降臨する天使
    失楽園と再生の不確かなイメージについて


記憶について僕は語ろうと思う。 僕たちの生は死にむかって進んでゆくということから 僕たちはあらかじめ失われた存在だといえる。 楽園のこちら側にいる、と錯覚する瞬間は、瞬間のうちに失われてゆく。 イメージ一つひとつがそれ自体つかの間の再生なのだ。

たちこめる森のような緑に包まれた大きな公園の片隅に 小さな天使のオブジェが置かれていることに僕は気づいた。
木で造られたベンチのうえに。 池の上の橋のたもとに。 滑り台の落下地点に。
一定の周期で天使はそこに出現した。 朝もやの立ちこめる中僕は天使に出逢う。
それは声が聴こえてきそうにリアルに造られた彫像だった。
僕が天使を眺めているとどこからか一人の子どもが現れて 「終末の天使だよ」と声がわりまえの高い声で僕に告げる。
「終末?天使は終わりを告げにきてるの?」
「1999年に世界は終わるだろ?天使はそのことを伝えにきてるのさ」
「世界は終わらないよ」 僕は子どもには大きすぎる野球帽をくるりと半回転させる。

「世界は続くよ。僕たちが死んで消えてなくなってもね」

ある日僕はバイクに乗って坂道を駆け降りてゆく。 前方30メートル先の停留所にバスが停まり 一人の少女が短い階段を降りて車道を突っ切り反対側へとむかう。 僕は信号待ちをしながら彼女の足どりを目で追う。 不確かな歩き方。 アリアが聴こえてくる錯覚に一瞬僕は混乱する。 天使の歌声。 交差点を左折した車が彼女に向かって勢いよく駆けてくる。 車は高く警笛を鳴らす。 彼女は不確かな足取りのまま車道を歩いてゆく。 僕はバイクを発進させ彼女と車の間に自らを差し入れる。 沈黙。 意識がゆっくりと遠ざかる…‥

降(こう)・・・・
誰かの声が僕の名前を遠くかすかに囁いていた。
月の裏側に連れていって 月の裏側にはムーンパレスがあるの
そこには声が失われずに残っているから・・・・

混濁した意識の浅い波打ち際から抜け出して僕は目を開いた。 音が蘇る。 街のざわめき。 遠くで羽ばたく鳥の羽音。 リアルな現実のノイズ達。 僕の瞳を覗き込むように見つめる瞳の存在に僕は気づいた。 色の薄い果実のような瞳に透明な雫がこぼれている。 彼女はチェリーのようにかすかに唇を開き、次の瞬間、とまどうようにそれを閉じる。 そして10本の指が僕の前に差し出される。
「動かないで」とその指は僕に告げる。 僕は起きあがろうとする。 その瞬間鈍い痛みが足首に響く。 彼女の指がそっとそれにふれる。 小さくて柔らかな指。
「聴こえなくて・・・・ ごめんなさい」指が動く。 僕は右手を伸ばして彼女の耳にそっと触れる。 真珠でできた貝殻のように白く端整に作られた耳。音を記憶できない耳。
「君のせいじゃない」と僕はいった。 救急車のサイレンが響き、僕は再び沈黙の波間にひきこまれる・・・・・・

目覚めると病室の白い壁がみえた。壁に溶けるように儚い耳が見えた。
「痛い?」
口のきけない彼女が10本の指で指し示す短いセンテンスが聴こえた。
痛くないよ。
彼女は少しの間俯いて青いワンピースの裾を手繰っていた。
「名前は?」と尋ねると彼女はリュックから手品のようにオレンジを取り出して 文音、と書いてベッドのうえにそっと置いた。
沈黙。 点滴の水滴がこぼれる音だけが響いている。 文音は針の差し込まれた腕をみつめる。 顎の線で切りそろえられた髪がサラサラと風に揺れている。
その真摯な眼差しに、僕の心の深い部分が静かに打たれたように思った。
「何故 あたしを・・・・・」
「君のせいじゃない、僕が勝手に車につっこんだだけだから」
彼女は顔を上げて僕の瞳をじっと覗き込む。
「悪いけど煙草をとってくれないかな」僕は椅子に置かれた上着を指差す。 彼女は立ち上がって煙草とライターを取り出し、 困ったように点滴の針の入った腕をみつめた。 彼女は煙草を自分の唇に差し入れ息を吸い込み銀のライターで火を点けた。 そして吐息のように煙を吐き出すと兎に似た仕草で僕に差し出した。
いつもより甘い香りのする煙草を一息吸うと彼女は黙ってそれを抜き取り火を消した。 そして指で「No-smoking」と宙に描いた。


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「Baby Baby‐ストーリー」のページ第2話


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