(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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いる箇所があります。ご了承下さい。
この葉の兄・・・前田千亜紀
この葉・・・・・前田このみ
(Reading:前田このみ as この葉)
丘をこえて小さな公園をぬけるとあたしの住んでいる家がみえてくる。
銀杏並木が連なるその道は15歳のあたしが幾度も歩いた、大好きな風景。
大きな犬を連れたお爺さんや、じゃれあう猫たちが通るこの風景を、
あたしはこの1年間、毎日一枚づつ写真に撮り続けていた。
毎日同じ時間に、同じ場所で。
あたしは時間を撮っている。
そしてそれに含まれているあたしたちを包む空間や、
自然が流れてゆく瞬間を切り取ってゆく。
「(兄)この葉」と私の名前を呼ぶ声に振り向くと、
お兄ちゃんが車のウィンドウ越しに私を見ていた。
「(兄)この葉、お前熱があるんじゃないか?
こんなところでなにしてるんだよ」
「(この葉)なんでもない」と言って私はカメラをそっと隠した。
大好きなお兄ちゃんにも写真を撮り続けていることは秘密にしていた。
秘密は私の大切な宝物だから。
「(兄)この葉」お兄ちゃんはドアを開けて私に近寄り
大きな手のひらで私の髪を包んだ。
「(兄)お前は体が弱いんだから、心配かけんなよ」
「(この葉)ああん、だってお兄ちゃん、この葉退屈だったんだもの。
お熱はあるけど、いつものことだし、
咳だってそりゃあちょっとはでるけど、でも・・・・・」
言い終えるかそうでないかのうちに私はせき込んでしまう。
「(兄)ばかだなぁ、だから言ったろう?」
お兄ちゃんは私の片側のほっぺたをぎゅっとつかむ。
「(兄)この葉、かえろ?薬のませてやるからさ」
「(この葉)うん・・・・」私はお兄ちゃんの腕に額をつけた。
私はいつものように現像した写真をアルバムに貼ろうとして、
不意に奇妙な気持ちに襲われる。
写真にはいつものように静かな風景を映していた。
けれど私はそのなかに、なにか不快なもの、
私の気持ちの底に剃刀の刃のような冷ややかな塊が触れているのを感じた。
私は深呼吸してもう一度写真に目を落とす。
隅々まで風景を眺めた。
銀杏の木々に隠れた向こう側に、小さな人影が映っていた。
髪の長い女の子を抱きしめている男の子。
「あ・・・・・」と私は気づく。
彼は私のとなりの家に住んでいる、私の幼なじみの柴田光だった。
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